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第37話:夜の謁見、王の迷い

【登場人物】


レオ / 処刑された元聖白教の異端審問官。黒髪に翠と金の目。黒い外套。ダラクローンと契約し、堕落のダンジョンで人々を解放する。


ノクス / ダラクローンの眷属。銀髪ボブに黒いゴシックドレス。ダンジョンの根幹を担っている。滅ぼされた魔法文明の魔法使いで、祈跡使いの聖白教の堕落を支援する。


アウレリア / 金色髪の聖女。聖白教オルドリア教区(王国の教区)と北の白塔をつなぐ聖務連絡官。普段は敬語を使う凛とした連絡官だが、ダンジョンの力で欲望が解放されてデレデレ?になってしまう。


エイレン / 元異端審問代行官。赤髪碧眼、ボンデージ風の服に猫耳パーカー。冷酷な動物嫌いの代行官だったが、本当は動物大好き。堕落した後は、『ポニーテール』に猫耳をつけて某動物愛好家ばりのわしゃわしゃもふもふをするようになってしまう。


【設定】

堕落のダンジョン / 神聖連合国の一国、グレイヴァルド王国の郊外地下に作られたダラクローンのダンジョン。欲望を満たすために、魔力によるダンジョンルームが仮設→生成され、人々を堕落させていく。

 

 深夜二時近く。


 王城の廊下は、やはり、死んだように静まり返っていた。


 しかし、今度は宰相執政室ではない。


 グレイヴァルド王国の玉座だ。


 私はイデア・ファクトリーで作られたダンジョンアイテム『認識阻害のローブ』を纏った。


 透明とはいかないが、気のせいにすることぐらいはできる。


 ゆっくりと影に溶けこむようにして回廊を進む。


『——あと5秒で、第3警備班が角を曲がってきますわ』


 脳内に、クラリスの声が響く。


 彼女はダンジョンのメインルームから、私の潜入をナビゲートしている。


 クラリスは疎通の魔法が使えない。


 そのため、新しく作られたダンジョンアイテム『インカム』を使って念話を飛ばしていた。


『彼らの視界は完璧に計算されている。廊下の右端……壁の彫刻の影に合わせて、歩幅70センチで進んでくださいまし。そうすれば、彼らの「死角」に完全に収まるわ』


「注文が細かいな」


『美とは細部に宿るものですから』


 私は苦笑しながらも、指示通りに歩を進めた。


 前方から、カシャリカシャリと金属音をさせて、重装騎士の一団がやってくる。


 本来なら、ここで鉢合わせるはずだ。


 だが。


「……ん? おい、あそこの窓」


 先頭の騎士が、不意に右を向いた。


 窓の外、中庭の木に、一羽のフクロウが止まったからだ。


「珍しいな」


 釣られて、後続の騎士たちも一斉に右を向く。


 その一瞬。


 彼らの左側——私のいる空間が、完全に視界から消えた。


(凄まじい)


 私は悠々と騎士たちの横をすり抜けた。


 魔法を使ったわけではない。


 フクロウが来るタイミング、騎士の心理、視線の誘導……すべてが計算されているのだ。


 これはもう、警備計画というより舞台演出アートだ。


『通過しましたね。その先の扉が、王の寝室。……鍵は『清掃不備』という名目で、今夜だけ緩めてあるわ』


「完璧だ、画伯。……後で褒美をやろう」


『ふふ。新しい絵筆を期待していますわ』


 通信が切れる。


 私は目の前の豪奢な扉に手をかけ——音もなく押し開けた。



          ◇



 部屋の中は、月明かりだけが頼りだった。


 玉座の奥……広い寝室。


 天蓋付きのベッド。


 その窓際に、一人の壮年の男性が立っていた。


 デュラン・グレイヴァルド王。


 彼は寝巻きの上にガウンを羽織り、グラスを片手に、遠く……わずかに見える『白塔』を見つめていた。


「……良い月だ」


 私が声をかけると、王は驚く様子もなく、ゆっくりと振り返った。


「……来たか。クラリスを変えた“黒幕”よ」


「お初にお目にかかります、陛下。レオと申します。……夜分に失礼を」


 私はフードを脱ぎ、一礼した。


 王は私をじっと見つめ、そしてグラスの酒に口をつけた。


「座るがいい。……酒ならそこにある」


「いえ、下戸なもので」


「上等なベリーの果汁もある。酔い覚ましによく飲むものだ。ほら」


 私は勧められるままに、卓上のボトルから青紫の液体を注いだ。


 毒見もせずに飲む私を見て、王は微かに口元を緩めた。


「……豪胆だな。余を殺しに来たわけではない、ということか」


「殺すなら、こんな回りくどい手は使いません。……私は、貴方と『契約』をしに来たのです」


「契約、か」


 王は自嘲気味に笑い、ソファに沈みこんだ。


「クラリスの改革案……あれは見事だった。余も署名をした」


「…………」


「少し、昔話をしよう」


 そう言って王は遠い目をした。


「聖歴1452年、聖魔大戦が勃発した。魔族の最後の残存勢力が……反旗をひるがえしたのだ」


「聖歴1452年? かなり昔ですね」


「余が生まれたのはそれより少し前だ」


「なるほど……」


 俗にいう三十年戦争……聖魔大戦が始まったのは今から44年ほど前だ。


「余は生涯のほとんどを戦争下で暮らした。父と共に、多くの戦場を走り回ったものだ」


「魔族は1000年かけて消滅に追い込まれましたが、最後は神出鬼没に……様々な場所で戦火があがりましたからね」


 古代、魔法文明を滅ぼした聖白教は、新たに現れた魔族とも4回の戦争を通して消滅に追い込んだ。


 我々が相手をしているのは、そんな……強力で巨大な組織なのである。


「よく勉強しているな」


 王は呟く。


「勉強? いえ……」


 私は面をあげた。


「王よ、私の正体を明かしましょう。私は元最高位異端審問官レオナルド。処刑され、この姿に転生したようだ。今は……レオと名乗っています」


 聞いてグレイヴァルド王は私の目を見据えた。


「なるほど。疑いはせん。魂に刻まれた……その眼光。消せはせんな」


 王は言葉を続けた。


「レオナルド殿といえば、4代目勇者と共に戦った……彼の師でもある大賢者レイヴン殿の息子……それなら、余の言っていることもわかろう」


「父の記憶は……ほとんどありませんがね。私は母と聖都……今の神聖連合本国……アルヴィアに避難していましたから」


「そうか……」


 私とベリーの果汁をグラスに注いで、王は深く息を吐いた。


「戦いとは……」


 そう言って一度思案する表情を浮かべた。


 しばらくの沈黙。


 私も黙ってグラスに口をつけた。


「戦いというものは酷いものだ。今、やっと平和になってわかる。それは……経験したすべてのものに刻み込まれておる」


「…………」


「確かに不自由かもしれん。しかし、この『平和』の代償なら、安いものだ」


 即座に私は口を開いた。


「王よ、それは違います。これは『偽りの平和』だ」


「偽りの平和?」


「戦争だ。信念だ。誇りだ。そんなことは人間には関係ない。どんな環境でも人には、必要なものがある。……自由だ」


 そう。


 本当に必要なものは自由だ。


 人々はまだ、それを手に入れていない。


 ここ1000年以上。


 そして……。


「そして……その自由には原動力というものがある。『本当の人間の心』だ。彼らは……それを奪い、抑制して、偽りの平和を作っている」


「……ふむ」


 私は言葉を続けた。


「何のために生きる。平和の中で……一部の人間を生かすためか。それは違う。個人……全てが幸せになるべきだ」


 王の目を見て、口角をあげる。


「王よ、今が……自由のために立ち上がる時です」


「…………」


 長い沈黙だった。


 長考。


 その言葉が似合うような、そんな。


 そして壮年の王はようやく、自分の思いを吐いた。


「若き支配者よ。余は恐ろしいのだ」


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