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第36話:禁断の書庫

【登場人物】


レオ / 処刑された元聖白教の異端審問官。黒髪に翠と金の目。黒い外套。ダラクローンと契約し、堕落のダンジョンで人々を解放する。


ノクス / ダラクローンの眷属。銀髪ボブに黒いゴシックドレス。ダンジョンの根幹を担っている。滅ぼされた魔法文明の魔法使いで、祈跡使いの聖白教の堕落を支援する。


アウレリア / 金色髪の聖女。聖白教オルドリア教区(王国の教区)と北の白塔をつなぐ聖務連絡官。普段は敬語を使う凛とした連絡官だが、ダンジョンの力で欲望が解放されてデレデレ?になってしまう。


エイレン / 元異端審問代行官。赤髪碧眼、ボンデージ風の服に猫耳パーカー。冷酷な動物嫌いの代行官だったが、本当は動物大好き。堕落した後は、『ポニーテール』に猫耳をつけて某動物愛好家ばりのわしゃわしゃもふもふをするようになってしまう。


【設定】

堕落のダンジョン / 神聖連合国の一国、グレイヴァルド王国の郊外地下に作られたダラクローンのダンジョン。欲望を満たすために、魔力によるダンジョンルームが仮設→生成され、人々を堕落させていく。


 帰ってきたクラリスの顔は、戦場帰りの戦士のように上気し、心地よい疲労感と達成感を見せていた。


「ただいま戻りました、後援者。……最高でしたわ。あのアナログで非効率な古狸神官が、私の色彩に圧倒されて青ざめる様といったら!」


「お疲れ様。見事な手際だった」


 私が彼女を労おうとした、その時だ。


 ズズズズ……ッ。


 ダンジョンの深層から、地鳴りのような低い振動が響いてきた。


「む? 敵襲か?」


 ソファで寛いでいたエイレンが即座に反応し、軍服型コートの裾をひるがえして立ち上がる。


 だが、ノクスは涼しい顔で手帳を開いた。


「いえ。……ダンジョンの拡張です」


「拡張?」


 クラリスはきょとんとして問いかける。


「はい。クラリス様がダンジョンで叫んだ欲望の力……『創造の熱量』が、ダンジョンのコアに到達しました。……素晴らしい魔力量です。これによって、封印されていた地下区画へのパスが繋がりました」


 ノクスが通路の奥、今まで閉ざされていた重厚な扉を指し示す。


 扉の表面に刻まれた紋様が、青白く発光し始めていた。


「開通します。かつて魔法文明が誇った知恵の集積地——『禁断の書庫アーカイブ』」



          ◇


 重厚な扉が開く。


 その瞬間に漂ってきたのは——古書特有の乾いた匂いと、高級なインクの香りだった。


「……すごい」


 私たちは言葉を失った。


 そこは、天井が見えないほど巨大な吹き抜けの空間だった。


 壁一面を埋め尽くすのは、無数の本棚。


 そこには数万、いや数億冊とも知れぬ書物がぎっしりと並んでいる。


 空中には魔法の照明ランタンが浮遊し、読書に適した柔らかな光を投げかけていた。


 さらに奥には、最高級の画材や楽器、魔道具が所狭しと並ぶ『魔具工房イデア・ファクトリー』まで併設されている。


「『禁断の書庫アーカイブ』です。ここには、聖白教が『異端』として焚書した、過去のあらゆる知識と芸術が保存されています」


 ノクスの説明が終わるか終わらないかのうちに、クラリスが駆け出した。


「あぁ……! 夢のようです……! 見て、後援者! この『色彩論』の初版! それに、失われたはずの『古代建築大全』まで!」


 彼女は子供のように本棚に飛びつき、分厚い専門書を抱きしめて頬ずりしている。


「これがあれば……王都の都市計画を、根本から『リデザイン』できますわ! 下水道の勾配から広場の敷石の配置まで、すべて黄金比で再構築してみせます!」


「ほどほどにな。徹夜は禁止だぞ」


 私は苦笑する。マッド・アーティストに新たなアイテムを与えてしまったようだ。


「……おい。これは何だ」


 エイレンが、ある本棚の前で足を止めていた。


 彼女が手に取ったのは、猫の表紙絵が描かれた古い図鑑だ。


「『古代幻獣図鑑』……? 猫の起源について書かれているな」


 彼女はその場に座りこみ、真剣な眼差しでページをめくり始めた。


「ふむ……。猫はかつて、神の使いとして崇められていたのか。……やはりな。私の直感は正しかったわけだ。猫こそが至高。聖白教の教義など、猫の毛玉ほどの価値もない」


 彼女の世界観が、歴史的裏付けを得てさらに強化されていく。


「わぁ〜。こっちはお菓子の本がいっぱいだよぉ!」


 アウレリアは、私の腕に絡みつきながら別の棚を指差した。


「見て見てぇ、あなた様ぁ! アプフェルシュトゥルーデルだってぇ! 一緒に読もうよぉ!」


「ああ今度な。……まったく、欲望に忠実な連中だ」


 私は呆れつつも、奥に足を運んだ。


「こちらは『魔具工房イデア・ファクトリー』。クラリス様の創造力を通して、ルームと私がダンジョンアイテムを生成します。わたくしが魔法で作っていたのですが、制限がありましたから」


 ノクスはどこか楽しそうだ。


 元々そういった秘密道具(?)が好きなのかもしれない。


「ここならある程度の大きさのものも作れます。デスクにおさまるぐらいの大きさで……内容もデスクにおさまるぐらいのものです」


「よくわからないが、便利な魔道具がさらに便利になったということか。それは素晴らしいな」


「祈跡でいうところの、半日ほどの祈祷が必要なスクロールなども作れます。つまり、中程度の魔法や魔法付与されたアイテムなら時間をかければ作れます」


 素晴らしい。


 ダンジョンアイテムの拡張は作戦に影響する。


 新しく拡張されたダンジョンルームは、静的に見えてその実、かなり攻撃的なルームだと言えるだろう。


 私は満足し、巨大な空間の中心に置かれた……やはり大きな作戦机に腰掛けた。


 ここなら、誰にも邪魔されずに密議ができる。


 知識もいつでも手に取れる。


「さて。役者は揃った。……盤面の確認といこうか」


 私の声に、四人がそれぞれの『戦利品』を置き、机を囲む。


 彼女たちの顔つきが変わる。


 ただの美女たちではない。


 国の枢要を握ることも難しくない、最強のスペシャリストたちだ。


「報告しろ」


「はい。国家の行政権限は私にありますわ」


 クラリスがモノクルを装着し、冷静に告げる。


「予算、人事、物流。すべて私のペン先ひとつで動かすわ。聖白教への『上納金』も、書類上の操作で一時凍結しました。……その資金は、すべて国民への還元バラマキに使える……」


「軍事はどうだ、エイレン」


「現場の騎士や神官たちの指揮系統はガタガタだ」


 エイレンが地図上の駒を弾く。


「己が不在になったことで、上からの命令が現場に届いていない。奴らは今、ただの烏合の衆だ。……いざとなれば、己の『ネコミミ』を使って、内部から攪乱することもできる」


「情報は?」


「ばっちりだよぉ」


 アウレリアがウインクをする。


「教区内の情報の流れは、わたしが全部掴んでるもん。誰がリュシエルの狂信者で、誰が不満を持っているか、リストアップ済みだよぉ。……いつでも『粛清リスト』として使えるねぇ」


 行政、軍事、諜報。


 国の心臓部は、すでに我々の掌の上にある。


 完全なる『影の内閣シャドウ・キャビネット』だな。


 私は満足げに頷いた。


 これなら、勝てる。


「後援者。……実は、陛下から言付けがあります」


 一通りの報告を終えた後、クラリスが表情を引き締めて切り出した。


「『余に勇気をくれた“黒幕”に会いたい。……直接、礼を言いたいのだ』と」


「ふむ。考えはまとまったか」


「はい。陛下は署名なさいましたが……やはり、聖白教の報復を恐れて夜も眠れないご様子です。精神的な支柱を求めておられます」


 無理もない。


 長年、カゴの中の鳥だったのだ。


 いきなり空へ放り出されれば、本来強い翼も縮こまるだろう。


「いいだろう。王の覚悟が本物か、確かめに行く」


「えっ、行くのぉ? 警備はどうするの? 王城は衛兵だけでなく騎士団がいっぱいだよぉ? まだ完全に聖白教会の支配を脱したとは言えないし」


 アウレリアが心配そうに首を傾げる。


 だが、クラリスは不敵に笑った。


「ご安心を。……私が『巡回ルートの修正案』を通しておきました」


 彼女は王城の見取り図を広げ、一本の線を指でなぞる。


「今夜の深夜二時。王の寝室へ続く回廊の警備体制に、わずか3分間だけ、完璧な『セキュリティホール』が開くようにシフトを組みました。……そこを通れば、誰にも見られずに寝室まで行けますわ」


「……恐ろしいな。芸術的な計画性もここまで来ると兵器だ」


 私は立ち上がった。


 舞台は整った。


 次は、この国の頂点に立つ男の『腹』をくくらせる番だ。


「完璧だ。……行こうか。王を鳥カゴから出しに」



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