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第35話:王城に立つ新しい宰相

【登場人物】


レオ / 処刑された元聖白教の異端審問官。黒髪に翠と金の目。黒い外套。ダラクローンと契約し、堕落のダンジョンで人々を解放する。


ノクス / ダラクローンの眷属。銀髪ボブに黒いゴシックドレス。ダンジョンの根幹を担っている。滅ぼされた魔法文明の魔法使いで、祈跡使いの聖白教の堕落を支援する。


アウレリア / 金色髪の聖女。聖白教オルドリア教区(王国の教区)と北の白塔をつなぐ聖務連絡官。普段は敬語を使う凛とした連絡官だが、ダンジョンの力で欲望が解放されてデレデレ?になってしまう。


エイレン / 元異端審問代行官。赤髪碧眼、ボンデージ風の服に猫耳パーカー。冷酷な動物嫌いの代行官だったが、本当は動物大好き。堕落した後は、『ポニーテール』に猫耳をつけて某動物愛好家ばりのわしゃわしゃもふもふをするようになってしまう。


【設定】

堕落のダンジョン / 神聖連合国の一国、グレイヴァルド王国の郊外地下に作られたダラクローンのダンジョン。欲望を満たすために、魔力によるダンジョンルームが仮設→生成され、人々を堕落させていく。


 ダンジョンのエントランス。


 私はクラリスを見送った。


 芸術家とは、往々にして常人には理解しがたいエネルギーを持つものだが……。


 目の前の彼女——クラリス・スプリングを見て、私は苦笑するしかなかった。


 まさか、これほどとは。


 彼女は宰相の制服を身に纏っている。


 だが、その着こなしは以前とは別物だ。


 きっちりと結い上げられていた青い髪は、無造作なハーフアップに崩されている。


 それがだらしないのではなく、計算された『抜け感』に見えるから不思議だ。


 髪にもメッシュが入ったようにピンクや紫などのカラフルな線が映っている。


 そして何より、その瞳。


 かつての死んだ魚のような目はどこへやら。


 今は獲物を狙う猛獣のように、ギラギラと極彩色の光を放っている。


 その胸には、書き直したばかりの計画書の束。


 インクの染みと無数の付箋がついた、彼女の『キョウキ』。


「行けるか、クラリス」


「ええ、後援者」


 クラリスは微笑んだ。


 それがどこか妖艶な印象を表している。


 彼女の笑顔には、狂気と知性が同居していた。


「インスピレーションが止まらないわ。……悲しい灰色の王城を、私の『色』で塗り替えてきます」


「……おい。あいつ、目が完全に『狩り』モードだぞ。大丈夫か?」


 見送りに来たエイレンが、巨大な犬にまたがりながら笑う。


 ひかえていたノクスが、涼しい顔で答えた。


「ご安心ください。現在の彼女の精神構造は『無敵』状態です。聖白教の常識など、キャンバスの上の小さな染みほどにも感じないでしょう」


「頼もしい限りだ。……行ってこい。この国を塗り替えるんだ」


 私の言葉に、クラリスは優雅に一礼し、ダンジョンから出ていった。




          ◇


 数分後。


 私は水鏡の前のイスに深く腰掛けた。


 ノクスが手際よく魔術回線をつなぐ。


視界同調シンクロ——」


 私自身の視界が他人と同調する。


 映し出されたのは、すでに王城に潜入しているアウレリアの視界だ。


『——んふふ。見えてるかなぁ、あなた様ぁ?』


 脳内に直接、とろけるような甘い声が響く。


『感度は良好だ。状況は?』


『バレてないと思うなぁ。今、柱の影に隠れてるー』


 アウレリアの視線が動く。


 そこは王城の『謁見の間』。


『見つかってもわたしなら言い訳できるし、今回は適任だと思うの……あ』


 玉座には、冴えぬ面持ちでうつむくデュラン・グレイヴァルド王。


 白髪混じりの金髪。


 壮年の男性で、伝統的な王の衣装を身に纏っている。


 元は戦士だったというグレイヴァルドの肉体は、年を経た今でもその面影を感じることができる。


『王様……ちょっと疲れてるねぇ』


 その横には、以前、アウレリアの尊厳を踏みにじったあの神官……主席補佐官ピックマンが、我が物顔でふんぞり返っている。


『ドウェル・ピックマン……まだ偉そうにしてるぅ。……早く泣きっ面が見たいなぁ』


 アウレリアの心の声が、無邪気な殺意を帯びる。


 その時だ。


 バーン! 


 と、謁見の間の重厚な扉が開け放たれた。


「——失礼いたします、陛下!」


 よく通る、凛とした声。


 入室するクラリス。


 かつてのような、背中を丸めたような悲壮感は皆無だ。


 カツ、カツ、カツ、と靴の音を響かせ、彼女は一直線に玉座へと進む。


『おやー? 空気が変わりましたねぇ。クラリスちゃん、なんか前よりずっと背が高く見えるねぇ』


 アウレリアが感心したように呟く。


 自信。


 それが人間をここまで大きく見せるのか。


「な、何だ貴様は! 休暇中ではなかったのか!」


 神官が慌てて叫ぶ。


 クラリスは彼を一瞥もしない。


 神官の目の前まで歩み寄ると、抱えていた書類の束を、ドン! と机に叩きつけた。


「修正案をお持ちしました。……いえ、この国の『完成予想図』です」


「無礼な! 内容など見る必要はない! 却下だ、却下! その汚らわしい紙切れを下げろ!」


 神官は唾を飛ばし、書類を払いのけようとして——手を伸ばした。


 その瞬間。


 パシッ。


 乾いた音が響いた。


 クラリスが、神官の手首を掴んでいた。


「な……っ!?」


 神官が絶句する。


 以前の彼女なら、神官に触れることなど、ましてや逆らうことなどあり得なかった。


 クラリスは、瞳孔が開いたギラギラとした目で、神官を至近距離から見据えた。


「触らないでくださる?」


 低く、地を這うようなドスの効いた声。


「……私の『作品』に、指紋がつきますわ」


「ひっ……!?」


 そのあまりの迫力に、神官は悲鳴を上げて手を引っこめた。


 クラリスは鼻で笑うと、今度は玉座の王に向かって熱弁を振るい始めた。


「陛下! 以前の案は美しくありませんでした。予算の整合性が『灰色』で淀んでいたのですわ! ですが、見てくださいこの色彩ロジック!」


 彼女は書類を広げ、自身の考えたマッピングを指差す。


「教育ですわ、陛下」


 狂気のプレゼンテーション。


「孤児や子どもたちを『労働力』として計算するからよどむのです。彼らに教育を施し、成長したあと……『新たな資源』としてデザインすれば……ほら! 収支がこんなに鮮やかな『黄金比』を描きます! 美しい……これぞ国家のあるべき造形美!」


 だが、その論理は完璧で、何より圧倒的な熱量があった。


 呆気にとられていたグレイヴァルド王の瞳に、次第に光が戻っていく。


「……資源、か。……なるほど」


「へ、陛下! 騙されてはなりません! 独自の教育など……認めれば白塔への反逆とみなされますぞ! 浄化の対象に……!」


 神官が横から恫喝する。


 王の肩がビクリと震えた。


 長年植え付けられた、聖白教への恐怖。


 王は神官をイチベツし、そして——クラリスを見た。


 彼女の瞳は、燃えていた。恐怖など微塵もない。


 ただ、自分の描く未来への確信だけがある。


「……美しいな」


 王が、ポツリと漏らした。


「クラリスの描く未来図だ。……余も、その景色が見たくなった」


「陛下!?」


「黙れ」


 王は静かに神官を制した。


 そしてペンを取り、震える手で——しかし力強く、書類に署名をした。


「承認する。……直ちに実行せよ、我が宰相!」


「——御意!」


 クラリスが満面の笑みで、スカートの裾をつまんでカーテシーをする。


 勝負あった。


「ば、馬鹿な……! おのれ、覚えておれ! これは……裏切りだ……! 教区長に報告するぞ! 貴様ら全員、破門だ!!」


 顔を真っ赤にした神官が、捨て台詞を吐いて逃げ出していく。


 クラリスはその後ろ姿に、涼やかな声で言い放った。


「ええ、お伝えください。『次は貴方たちの教義をリデザインして差し上げます』と」


 神官が転げるように走り去る。


 その無様な背中を見送りながら、アウレリアの甘い声が脳内に響いた。


『あはは……。いい気味だねぇ。あのピッグマン、尻尾巻いて逃げちゃったよぉ』


 アウレリアは王と宰相の前に姿を現す。


「聞かせて頂きました」


「む……聖白教の聖務連絡官……アウレリア。どこから……」


 王が顔を歪ませる。


「大丈夫ですわ、王。彼女は我々の味方です」


 クラリスが涼しい顔で返した。


「その通り。グレイヴァルド陛下、今度は我らが主……本当の主人を紹介させて頂きます」


「なるほど……徴税官と異端審問代行官をつぶした……噂の影というわけか」


「なっ、陛下……気づいていたのですか」


 クラリスが目を丸くする。


「気づいていた……いや、察知していた。この国を……変えようとする何かの気配を。だが……」


 ひと呼吸置いて王は続けた。


「宰相のこの様子……邪悪の存在ではないらしい。以前よりイキイキしている」


「ふふっ」


 微笑むクラリスの表情を見つめるデュラン・グレイヴァルド王。


「考えておこう」


「ありがとうございます。それでは」


 ふりかえって堂々と出ていくアウレリア。


『ねぇ、レオ様ぁ。わたし、頑張って中継したよぉ? ……帰ったら、ご褒美くれるよねぇ?』


『ああ。とびきり甘いやつを用意しておく』


 私は同調を解き、深く息を吐いた。


 メインルームの空気が緩む。


「……ははっ。傑作だ」


 エイレンが膝を叩いて笑った。


「あの神官、泣きそうだったぞ。ざまあみろ」


「これで少しは風通しが良くなるでしょう」


 ノクスも満足げに頷いている。


 まだ終わっていない。


 残るは……この国の最大の病巣。


 私は強く拳を握った。


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