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第27話:小さな、けれど素晴らしい拡張

【登場人物】


レオ / 処刑された元聖白教の異端審問官。黒髪に翠と金の目。黒い外套。ダラクローンと契約し、堕落のダンジョンで人々を解放する。


ノクス / ダラクローンの眷属。銀髪ボブに黒いゴシックドレス。ダンジョンの根幹を担っている。滅ぼされた魔法文明の魔法使いで、祈跡使いの聖白教の堕落を支援する。


アウレリア / 金色髪の聖女。聖白教オルドリア教区(王国の教区)と北の白塔をつなぐ聖務連絡官。普段は敬語を使う凛とした連絡官だが、ダンジョンの力で欲望が解放されてデレデレ?になってしまう。


エイレン / 元異端審問代行官。赤髪碧眼、ボンデージ風の服に猫耳パーカー。冷酷な動物嫌いの代行官だったが、本当は動物大好き。堕落した後は、『ポニーテール』に猫耳をつけて某動物愛好家ばりのわしゃわしゃもふもふをするようになってしまう。


【設定】

堕落のダンジョン / 神聖連合国の一国、グレイヴァルド王国の郊外地下に作られたダラクローンのダンジョン。欲望を満たすために、魔力によるダンジョンルームが仮設→生成され、人々を堕落させていく。


「……よろしい」


 ダンジョンのメインルーム。


 私は、宙に浮かぶ巨大な水鏡に映し出された光景を見て、満足げにコーヒーを啜った。


 映っているのは、翌朝の王城の廊下だ。


 行き交う衛兵や文官たちが、いつもより声を潜めている。


 が、しかし、興奮した様子で噂話をしているのが、聞こえてくる。


『……聞いたか? バルデル子爵の乱心』


『ああ。なんでも、パンツ一丁で生ゴミを抱いて、補佐官閣下の部屋に天井から突っ込んだとか……』


『しかも、『ママ』って叫んで抱きついたらしいぞ』


 プッ、と隣で吹き出す音がした。


 アウレリアだ。


 彼女は私の膝に持たれかかりながら、クスクスと笑っている。


「あはは……『ママ』だってぇ。あの潔癖症の僕が、パンツ一丁で甘えん坊になっちゃったんだねぇ」


「ああ。一夜にして名誉は地に落ちたな。……それに、こっちの仕込みも効いているようだ」


 私は魔導映像の端、王宮騎士団がバルデルの屋敷から何かを押収している映像を指差した。


『隊長! 屋根裏から『裏帳簿』を発見しました! 巨額の横領の証拠です!』


『よし、すぐに報告だ! バルデルは終わりだぞ』


 その様子を見て、部屋の隅で腕を組んでいたエイレンが、ふん、と鼻を鳴らした。


 彼女の頭には、茶色い猫耳がついている。


「完璧だろう、主? あの裏帳簿、私が徹夜で偽造して仕込んでおいたのだ。数字の辻褄は完全に合わせている」


「性格が悪いな、元・代行官殿」


「褒め言葉として受け取っておく。……奴のような害虫には、社会的な死こそ相応しい」


 これでバルデルは再起不能だ。


 物理的にも社会的にも『ゴミ』として処理されたわけだ。


「だが……問題はこっちだ」


 私は指を振り、水鏡のチャンネルを切り替えた。


 映し出されたのは、主席補佐官の執務室だ。


「うわぁ……」


 アウレリアが顔をしかめる。


 画面越しでも伝わってきそうな惨状だった。


 部屋は徹底的に清掃されているようだが、壁紙の端や絨毯の繊維に、生ゴミの汁が染み込んでいるのが見て取れる。


 そして、その部屋の主である補佐官だ。


 彼は青ざめた顔で、香水を染み込ませたハンカチを口元に押し当てながら、執務机にしがみついていた。


『オェッ……』


 時折、えずきながらもペンを走らせている。


「……しぶといな。普通なら発狂して休むレベルだぞ」


「それだけ、権力への執着が強いのでしょうね」


 紅茶をいれ直してくれたノクスが、冷ややかな視線を画面に向ける。


『帰れるか……! 私がいない間に、あの小娘クラリスが好き勝手するのを……許せるものか……!』


 補佐官の独り言が、水鏡を通して響く。


 その目は充血し、狂気じみた光を帯びていた。


『バルデルは消えたが……検閲など些末な問題だ。……次は、私が直接やる。絶対に尻尾を掴んでやる……!』


「……怖い顔〜♡」


 アウレリアがわざとらしく私の腕にしがみつく。


「完全に逆恨みだねぇ。自分がゴミまみれになったのは、クラリスちゃんのせいだと思い込んでるよぉ」


「まあ、因果関係で言えば私たちのせいだがな。……しかし、これで奴の『敵意』は明確になった」


 私は魔導映像を見据えた。


 奴は手負いの獣だ。


 教会の権威を着て、王国に圧力をかけるだろう。


 だが、それは好機でもある。


 奴が焦ってボロを出せば、そこを叩ける。


「さて、肝心の宰相は……」


 私は再び映像を変えた。


 映し出されたのは、検閲室の廊下。


 クラリスが、緊張した面持ちで扉を開ける瞬間だった。


 だが、中にバルデルはいない。


 代わりにいた若い文官が、彼女を見るなり直立不動になり、猛烈な勢いで判子を押し始めた。


『す、すぐに! すぐに決裁させていただきますッ! 天井からゴミを降らせないでくださいッ!』


 その必死な形相に、ダンジョンの全員がニヤリと笑った。


「ふっ……。効果てきめんだな。これでもう、くだらない言いがかりで書類が燃やされることはない」


「クラリス様の顔、見てあげてください。……泣きそうですよ」


 ノクスが指差す先。


 廊下に出たクラリスが、決裁された書類を胸に抱きしめ、窓の外を見上げている姿があった。


 その表情は、憑き物が落ちたように晴れやかだった。


『……でも』


 不意に、クラリスが表情を引き締め、補佐官の部屋の方角を睨んだ。


『まだ……王国は……まだ……』


「……いい勘をしている」


 私は頷いた。


 彼女も分かっているのだ。


 小石を取り除いただけでは、根本的な解決にはならないと。


「さて……旦那様。今回の『戦利品』の確認を」


 ノクスの言葉。


 バルデルを堕としたことで、ダンジョンには大量の『欲望(汚部屋願望)』が流入していた。


 その力によって、新たな施設がアンロックされている。


「ダンジョンに新しいルームが追加されました。新規施設……廃棄物変換炉リサイクル・チャンバーです」


 ノクスが映し出す魔導映像に、マップが表示された。


「ダンジョン内で発生した不要物……有機・無機問わず……が自動的に回収されます。分解・再構築し、ダンジョン関係の魔力エネルギーに。廃材であれば資源素材へと変換するシステムです」


「……なるほど」


 私は眉を上げた。


 派手さはない。


 強力な武器が手に入るわけでもない。


 だが。


「大当たりだ。地味だが、今のうちに欲しかった機能だ」


 これまでダンジョン内での生活排水や、アウレリアが趣味のお菓子作りで出す大量の失敗作(邪悪なるクッキーなど)、それにその他、ゴミの処理は、地味に頭の痛い問題だった。


 外に捨てに行けば足がつくし、内部に溜めれば不衛生だ。


 それが、この部屋に取り込まれ、ダンジョンを動かす魔力や『再生素材』に変わるという。


「皮肉なもんだな。あの薄汚い男のおかげで、ダンジョンが清潔に保たれるとは」


「活用させていただきます。……特に、エイレン様の部下たちが持ち込む『謎の鉄屑』や『空き瓶』の処理に困っておりましたので」


 ノクスが珍しく嬉しそうに言った。


 見れば、回廊の休憩場所では、まだネコ耳をつけたままの屈強な男たちが、エイレンから支給されたネコ缶?をサカナに宴会をしている。


「……あいつら、いつまでネコ耳つけてるんだ」


「『快適なので』とのことだ。聴覚強化がついていると、補佐官の悪口もよく聞こえるそうでな」


 エイレンは得意げに胸を張る。


 まあ、戦力としては優秀だ。


 好きにさせよう。


 私は視線を戻し、再び王城の映像を映し出した。


 そこには、たった一人で巨大な城の廊下を歩く、クラリスの背中がある。


 その肩には、目に見えない重圧——『恩義』という鎖と、補佐官からの悪意がのしかかっている。


「さて、ウォーミングアップは終わりだ」


 私は立ち上がり、漆黒のマントをひるがえした。


 アウレリアも、エイレンも、ノクスも、居住まいを正して私を見る。


「憂いは消えた。グレイヴァルド王国への侵攻を計画しよう」


 次なる標的は、この国の頭脳。


 彼女を縛るすべての鎖を断ち切り、その魂の色を、私のダンジョンで爆発させるのだ。


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