第26話:ゴミの王冠
【登場人物】
レオ / 処刑された元聖白教の異端審問官。黒髪に翠と金の目。黒い外套。ダラクローンと契約し、堕落のダンジョンで人々を解放する。
ノクス / ダラクローンの眷属。銀髪ボブに黒いゴシックドレス。ダンジョンの根幹を担っている。滅ぼされた魔法文明の魔法使いで、祈跡使いの聖白教の堕落を支援する。
アウレリア / 金色髪の聖女。聖白教オルドリア教区(王国の教区)と北の白塔をつなぐ聖務連絡官。普段は敬語を使う凛とした連絡官だが、ダンジョンの力で欲望が解放されてデレデレ?になってしまう。
エイレン / 元異端審問代行官。赤髪碧眼、ボンデージ風の服に猫耳パーカー。冷酷な動物嫌いの代行官だったが、本当は動物大好き。堕落した後は、『ポニーテール』に猫耳をつけて某動物愛好家ばりのわしゃわしゃもふもふをするようになってしまう。
【設定】
堕落のダンジョン / 神聖連合国の一国、グレイヴァルド王国の郊外地下に作られたダラクローンのダンジョン。欲望を満たすために、魔力によるダンジョンルームが仮設→生成され、人々を堕落させていく。
よろよろと陶酔したようにバルデルは開いた転移門へと消えていく。
ドォン……。
転移完了。
重厚な扉が閉ざされ、バルデル子爵は完全にダンジョン領域へと隔離された。
仮設されたダンジョンルームに落ちるバルデル。
そこは、私が彼のために急造した特別室——名付けて『夢の掃き溜め』だ。
要するにゴミ置き場、なのだが。
「ああ……あああ……ッ!」
バルデルは震えていた。
彼の目の前には、うず高く積まれた『ゴミ』の山脈が広がっている。
腐りかけた果実の甘ったるい匂い。
油の染みたピザの耳。
「最ッ高ッ……だッ!」
誰かが読み捨てた古紙の束。
そして、カビの生えたパンの欠片。
「たま乱!!!!(意味不明)」
普通の人間なら鼻をつまんで逃げ出す悪臭。
だが、バルデルにとっては違った。
「美しい……」
彼は恍惚とした表情で呟いた。
震える指で、純白のシルクのパジャマを脱ぎ捨てる。
下着一枚の姿になった彼は、ためらうことなく、目の前の生ゴミの山へとダイブした。
ズボォッ!!
「んふぅッ! これだよ……! このぬめり! この不潔さ! 白くない世界が、こんなにも落ち着くなんて……!」
彼はゴミを布団のように被り、頬を擦り付けた。
「あぁあああッ! 僕は悪い子! 悪い子ッ!」
これまで『貴族の伝統』や『完璧な儀礼』という名の無菌室で息を詰めてきた反動が、一気に爆発していた。
「ぼ、僕はゴミだ……! ゴミの王なんだな……!」
彼は空き瓶を王冠のように頭に乗せ、ゴミの海を背泳ぎし始めた。
その姿は、ある意味で幸せそうだった。
人としては完全に終わっているが。
◇
「……さて。お客様も十分に満足されたようだ」
その間、私たちはダンジョンに戻っていた。
メインルームの玉座で、私は笑みを浮かべる。
素晴らしい映像だ。
水鏡越しにその醜態を見届け、冷ややかに告げた。
「チェックアウトの時間だ。……エイレン、配送準備は?」
部屋の隅、祈力を溜めたエイレン。
詠唱を行うと魔力と祈力が融合し、複雑な紋様の魔法陣が、彼女の眼前に現れた。
頭の上のネコ耳が、忙しなく揺れている。
「座標固定完了だ。……ターゲットは……オルドリア教会。主席補佐官の執務室。『天井裏』の空間座標をロックした」
「よし。……配送料は『彼らの社会的地位』でいただくとしようか」
私はアウレリアと顔を見合わせ、ニヤリと笑った。
彼女もまた、サディスティックな笑みを浮かべている。
「発送!」
エイレンが叫んだ。
◇
同時刻。
オルドリア教会。
主席補佐官執務室。
私は水鏡に映る男の姿を見つめる。
時刻は深夜だが、主である神官——主席補佐官ドウェル・ピックマンはまだ起きていた。
夜更けまで、熱心なことだ。
それが良い方であれば良いのだが。
彼は優雅な手つきで紅茶を口に運び、書類に目を通していた。
「ふん……。バルデルの奴、うまくやっているようだな」
彼の手元にあるのは、クラリスが提出した『再修正案』が却下されたという報告書だ。
補佐官は口元を歪めた。
確かに。
「生意気な孤児院上がりの小娘が。……宰相という地位に祭り上げられたからといって、調子に乗るからだ。このままバルデルを使って精神的に追い詰め、自分から辞任させてやる……」
彼は勝利を確信し、紅茶のカップを傾けた。
その時。
ミシッ。
天井から、奇妙な音がした。
「ん?」
補佐官が眉をひそめて上を見上げる。
教会の天井は堅牢な石造りだ。
音がするはずが……。
ミシッ、メキメキメキッ……!
「な、なんだ!? 地震か!?」
彼が立ち上がろうとした、その瞬間。
エイレンの空間転移術式が発動し、天井の『支え』が物理的に消滅した。
そして。
ドガシャアアアアアアッ!!!
天井が抜け、世界が反転した。
降ってきたのは、ガレキではない。
ありえないほどの生ゴミ。
古紙。
汚水。
そして、その中心で幸せそうに眠る、パンツ一丁の男。
「ぶべラッ!?」
補佐官の悲鳴は、圧倒的な質量のゴミによって圧殺された。
優雅だった執務室は、コンマ一秒でゴミ処理場へと変貌した。
高級な絨毯には腐ったスープが染み込み、机の上には魚の骨が散乱する。
そして、補佐官の顔面には、誰かの汚れた靴下。
「ぷはッ! ……な、な、なんだこれはァァッ!?」
補佐官はゴミの山から這い出し、狂乱の叫びを上げた。
紅茶の香りは消え失せ、強烈な腐臭が鼻腔を突き刺す。
恐らくだが。
臭いは水鏡では感知できない。
私は安堵した。
主席補佐官と反対に。
「ご、ゴミ!? なぜ執務室にゴミが!? テロか!? 誰か、誰かあるッ!!」
彼が半狂乱で叫んでいると、足元のゴミ山がモゾモゾと動いた。
ぬぅ、と姿を現したのは、頭に空き瓶を乗せたバルデル子爵だ。
「……むにゃ?」
彼は寝ぼけ眼で周囲を見回し、そして目の前の補佐官を見て、とろけるような笑顔を浮かべた。
「あぁ……補佐官殿? あなたも……ゴミになりに来たのですか?」
「は……?」
「いいよね、ここ……。白くない……全部汚れてる……。さあ、一緒に埋もれましょう……ママ……」
バルデルは愛を求める子供のように、補佐官に抱きついた。
その体は生ゴミの汁でぬるぬるしている。
「ヒッ……!? よ、寄るな! バルデル、貴様正気か!?」
「あはは……あったかい……」
「ギャアアアアッ!! 離せ! 汚らわしいッ!! 衛兵! 衛兵ーッ!!」
深夜の執務室に、神官の断末魔のような絶叫が響き渡った。




