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第25話:猫たちの沈黙

【登場人物】


レオ / 処刑された元聖白教の異端審問官。黒髪に翠と金の目。黒い外套。ダラクローンと契約し、堕落のダンジョンで人々を解放する。


ノクス / ダラクローンの眷属。銀髪ボブに黒いゴシックドレス。ダンジョンの根幹を担っている。滅ぼされた魔法文明の魔法使いで、祈跡使いの聖白教の堕落を支援する。


アウレリア / 金色髪の聖女。聖白教オルドリア教区(王国の教区)と北の白塔をつなぐ聖務連絡官。普段は敬語を使う凛とした連絡官だが、ダンジョンの力で欲望が解放されてデレデレ?になってしまう。


エイレン / 元異端審問代行官。赤髪碧眼、ボンデージ風の服に猫耳パーカー。冷酷な動物嫌いの代行官だったが、本当は動物大好き。堕落した後は、『ポニーテール』に猫耳をつけて某動物愛好家ばりのわしゃわしゃもふもふをするようになってしまう。


【設定】

堕落のダンジョン / 神聖連合国の一国、グレイヴァルド王国の郊外地下に作られたダラクローンのダンジョン。欲望を満たすために、魔力によるダンジョンルームが仮設→生成され、人々を堕落させていく。


「……エイレン。一つ聞いていいか」


 深夜、ダンジョンの転送室。


 私はこめかみを押さえながら、目の前に整列した部隊を見上げていた。


「なんだ、主。作戦なら完璧だぞ」


 胸を張って答えるのは、元・異端審問代行官エイレンだ。


 燃えるような赤髪。


 鋭い眼光。


 そして腰には愛用の銀剣。


 ここまではいい。


 頼もしい戦力だ。


 問題は、彼女の頭にちょこんと乗っている『黒いネコ耳』と、その背後に控える十名の屈強な男たち(元・聖教騎士団異端審問隊)の頭にも装着された、色とりどりの『ネコ耳』だった。


「そのかわいらしい装備はなんだ」


「聴覚強化および隠密支援用魔導具『カッツェ・イヤー』だ。何か問題あるか?」


 エイレンは真顔で言い放った。


 彼女のネコ耳が、ピコピコと動く。


「問題……は……」


「ありませんよね。旦那様」


 あの魔道具の影の主犯であるノクスが口を挟んだ。


 私の様子を華麗に流し、エイレンは続けた。


「今回の敵地は、バルデル子爵邸。聖白教式の『聖浄結界』で守られた要塞だ。人間が通れば即座に警報が鳴る。……だが、『猫』ならどうだ?」


「……猫?」


「結界のコードを書き換える。『猫』と認識された波長だけを通すようにハッキングするのだ。……そうすれば、我々は堂々と侵入できる」


 彼女は腰の剣を叩いた。


「コードネームは『にゃんころちゃん計画ダークマター・カッツェ・プロダクト』だ。……おい、貴様ら! 気合は入っているか!」


「「「ニャッ!!(イエッサー)」」」


 野太い声で返事をする、猫耳をつけた男たち。


 形容しがたい絵面だ。


 だが、その目にはかつての狂信的な光はなく、どこか楽しげな色が宿っている。


 彼らもまた、エイレンの下で『猫好き』という本能を解放されたのだ。


「……わかった。採用だ」


 私は頭痛をこらえながら頷いた。


 ふざけているようで、理にはかなっている。


 聖白教の裏を知り尽くした彼女だからできる芸当だ。


「よし。……行くぞ。あの潔癖男に『本当の自分』を教えてやる時間だ」


「はーい、あなた様ぁ♡」


 私の背後から、黒いボディスーツに身を包んだアウレリアが抱きついてきた。


「んふふ……夜のお散歩だねぇ。楽しみ……」



          ◇



 深夜の王都。


 高級住宅街の一角にあるバルデル子爵の屋敷は、静まり返っていた。


 屋敷全体が、うっすらとした青白い光——『聖浄結界』に包まれている。


 アリ一匹通さない鉄壁の防御。


 だが、闇の中に潜むエイレンは、不敵に口角を上げた。


「……旧式もいいところだな。30年前の……聖魔戦争前の術式だ」


 彼女は音もなく結界の前に進み出ると、その表面にそっと指先を這わせた。


 魔力の混じった祈力を流し込む。


 異端審問代行官……優れた攻性祈跡使いだったエイレンは魔力と祈力を融合させた術式を発動させた。


「……さざなみ、変転、逆巻き、発動せよ。『陰の冷血』」


 異常の感知。


 複雑な幾何学模様が浮かび上がり、赤く点滅しかけるが——。


「——おっと。鳴かせるか」


 エイレンの猫耳が鋭く反応する。


 彼女は瞬時に魔力パターンを逆転させ、結界の認識コードを書き換えた。


『認識:人間(侵入者)』→『認識:野良猫(無害)』


 パリン、という硬質な音が闇に溶けた。


 警報は鳴らない。


 代わりに、結界の一部が歪み、人一人が通れるほどの『穴』が開いた。


「よし。……行け、にゃんころちゃん(ダークマター・カッツェ)たち」


 エイレンが短く命じる。


 その瞬間、背後に控えていた屈強な男たちが、音もなく地面を蹴った。


 庭園には私兵が巡回している。


 だが、猫耳部隊の動きは完全に『獣』のそれだった。


 茂みから飛び出し、背後から口を塞ぎ、首のあたりをトン。


 無駄のない動きで、次々と見張りを無力化していく。


『こちら茶トラ1(ワン)。エリアA、制圧完了だ。……ニャン』


『三毛猫3(スリー)、屋根上の射手アーチャーを確保。……ニャン』


 ……恐ろしく有能だが、語尾が気になって仕方がない。


「道は開けたぞ。主、そして泥棒猫アウレリア。……あとは頼んだ」


「まかせてぇ。ね、あなた様?」


 アウレリアがクスクスと笑い、私の手を引いた。


 私たちはエイレンたちが確保したルートを通り、屋敷の勝手口から内部へと滑り込んだ。



          ◇



 屋敷の内部は、異様な空間だった。


 廊下には花瓶一つ、絵画一つない。


 ただ白い壁と、磨き上げられた床が続いているだけだ。


 先行した猫耳部隊により衛兵はすやすやとした眠りに落とされ、どこかの部屋に消えている。


 だからこそ。


 埃一つ落ちていないその光景は、清潔というよりは、病的な強迫観念を感じさせた。


「……気持ち悪いよぉ、あなた様ぁ」


 私の影に潜みながら、アウレリアが呟く。


 彼女は私の腰に腕を回し、その柔らかな身体を押し付けていた。


 一応は潜入活動中だというのに、彼女の体温は熱く、吐息は甘い。


「消毒液の臭いしかしないよぉ。……こんな場所で生きてたら、誰だっておかしくなるんじゃないかなぁ?」


「だからこそ、私たちが『治療』してやるんだ」


「んふふ。あなた様ってば、悪いお医者様だね♡」


 私たちは最上階、一番奥にある巨大な両開きの扉の前にたどり着いた。


 バルデル子爵の寝室だ。


 私は扉の鍵穴に『魔力の影』を流し込み、内部機構を操作した。


 カチャリ。


 無音で解錠される。


「——行くぞ」


 私たちは音もなく、純白の寝室へと侵入した。


 広い部屋だった。


 天蓋付きのベッドの中央で、バルデル子爵は眠っていた。


 驚くべきことに、彼は寝る時でさえ、白い手袋とナイトキャップを身につけている。


 布団のシワ一つ出さないように……直立不動の姿勢で、まるで棺桶の中の死体のように。


 言ってみれば、とても綺麗に寝ていた。


(——窮屈な人生だな)


 私は憐れみすら覚えた。


 アウレリアが音もなくベッドサイドに近づく。


 そして、眠るバルデルの耳元に唇を寄せ、毒のように甘い声で囁いた。


「……バルデル様」


 ビクッ、とバルデルの肩が跳ねた。


 彼は飛び起き、目を白黒させた。


「な、なんだ!? 誰なんだ!?」


「シッ……静かに。誰にも見られていませんよぉ」


 アウレリアは艶やかに微笑んだ。


 月明かりを背負った黒いボディスーツの美女。


 夢か現実か分からない光景。


 バルデルは言葉を失った。


「ば、化け物か……? それとも僕の……夢……?」


「夢ですよぉ。……貴方の、一番見たかった夢」


 アウレリアが指を鳴らす。


 その合図に合わせて、私は部屋の空間の一部——大きなクローゼットへの扉を、ダンジョンの空間と接続リンクさせた。


 開く転移門ゲート


 ドォン……。


 重厚な気配と共に、クローゼットの扉が開く。


 そこから漏れ出してきたのは、強烈な腐臭と、埃っぽい古紙の匂い。


 普段の彼なら卒倒しているであろう悪臭だ。


 だが。


「……ッ!?」


 バルデルの鼻が、ヒクヒクと動いた。


 その瞳孔がカッと見開かれる。


 彼は吸い寄せられるように、その暗闇を見つめた。


「こ、この匂いは……なんだ……?」


「熟成された生ゴミ。洗っていない靴。……貴方の好きなもの、全部あるよぉ?」


「だ、だが……僕は……!」


 アウレリアが手招きする。


「さあ、おいで。……もう、白い服なんて着なくていいんだよ?」


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