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第23話:白き通りの暴君

【登場人物】


レオ / 処刑された元聖白教の異端審問官。黒髪に翠と金の目。黒い外套。ダラクローンと契約し、堕落のダンジョンで人々を解放する。


ノクス / ダラクローンの眷属。銀髪ボブに黒いゴシックドレス。ダンジョンの根幹を担っている。滅ぼされた魔法文明の魔法使いで、祈跡使いの聖白教の堕落を支援する。


アウレリア / 金色髪の聖女。聖白教オルドリア教区(王国の教区)と北の白塔をつなぐ聖務連絡官。普段は敬語を使う凛とした連絡官だが、ダンジョンの力で欲望が解放されてデレデレ?になってしまう。


エイレン / 元異端審問代行官。赤髪碧眼、ボンデージ風の服に猫耳パーカー。冷酷な動物嫌いの代行官だったが、本当は動物大好き。堕落した後は、『ポニーテール』に猫耳をつけて某動物愛好家ばりのわしゃわしゃもふもふをするようになってしまう。


【設定】

堕落のダンジョン / 神聖連合国の一国、グレイヴァルド王国の郊外地下に作られたダラクローンのダンジョン。欲望を満たすために、魔力によるダンジョンルームが仮設→生成され、人々を堕落させていく。


「相談役、ですか?」


 ノクスが疑問の声をあげる。


「そうだ。たとえ宰相に近づけたとしても、グレイヴァルド王国の政治中枢を握るのは難しい。検閲官と呼ばれる王の相談役がいるんだ」


「オルドリア教区でいう主席補佐官みたいなものかなぁ」


「そうだ。そして……厄介なことに、補佐官のドウェル・ピックマンと検閲官バルデル・コーズウェルは繋がっていて、お互いに甘い汁を吸っている」


 私の言葉にエイレンが反応した。


「教会や王国が腐敗しているのではなく、その中枢に毒があるのだな。まったく救えん」


「しかもその相談役は王国でも根深いトゲなんだよぉ」


「アウレリアの言うとおり、バルデルは貴族で、三代にわたって相談役をしている」


「もはや、検閲官は一族の特別職ということですね」とノクス。


「そうだ。そのバルデルの様子を今から確認してみよう」

 

 水鏡が映す……寒空の王都。


 鉛色の空から、白い雪が舞い落ちる。


 活気あるはずの下町ダウンタウンの大通りが、その一瞬だけ、凍りついたように静まり返っていた。


「——汚いね」


 静寂を破ったのは、神経質な男の声だった。


 大通りの真ん中に停まったのは、装飾の一切を排除した、不気味なほど真っ白な馬車。


 あれが……王家相談役バルデル子爵だ。


 馬車から体を乗り出した彼は、純白の手袋を嵌めた指先で、自身の鼻を覆っていた。


「まさしく僕とは雲泥の差……。ここは空気がすすけている。……これだから下町は嫌いなのさ」


 彼は従者に命じ、わざわざ地面に新しい布を敷かせてから、そこへ足を下ろした。


 周囲の市民たちは、息を潜めて彼を見ている。


 誰も目を合わせようとしない。


 彼と関われば、『不潔』という罪状で店を潰されることを知っているからだ。


「おい。そこの娘……」


 バルデルが、持っていた指揮棒——先端に白い綿がついた検査棒——を向けた。


 その先にいたのは、ボロボロの防寒着を着た、十歳くらいの少女だった。


 彼女は自分の体よりも大きなリヤカーを引いている。


 荷台には、生活必需品である『炭』が山積みにされていた。


「は、はい……!」


 少女がビクリと震える。


 バルデルは無表情のまま、彼女の足元を指し示した。


「見るんだ」


「え……?」


「その車輪だよ。貴様が通ったあとに、黒い線がついている」


 確かに、リヤカーの車輪から落ちた炭の粉が、うっすらと石ダタミを黒く汚していた。


 雪解け水と混じり、黒いわだちができている。


「も、申し訳ありません! すぐに拭き……」


「黙れ」


 バルデルは冷たく遮った。


「神聖なる王城へと続く道だ。白くなければならないんだよ」


 ゆっくりとした動作。


 彼は懐から、真新しいハンカチを取り出した。


 そして、少女の目の前で、それを泥水に落とした。


「あ……」


「僕のハンカチが汚れた。……貴様のせいで」


 言いがかりだ。


 だが、バルデルの目には狂信的な色が宿っていた。


「汚れは、清めねばならない」


 彼が指を鳴らす。


 控えていた従者が、馬車から『清掃用の水樽』を下ろした。


 中に入っているのは、氷が張るほど冷え切った水だ。


「洗ってやれ」


「えっ、なっ、なんで、やめ……!」


 少女をみた従者。


 だが。


 ためらう従者に対し、冷酷そのものの眼光を向けるバルデル。


「やれ」


 ザバァァァッ!!


「きゃああっ!?」


 悲鳴と共に、少女の頭から冷水が浴びせられた。


 極寒の中。


 濡れた衣服は一瞬で体温を奪い、凍りつき始める。


 リヤカーの炭も水浸しになり、黒い泥水となって流れ出した。


「うぅ……さ、さむい……」


「ふん。これで少しは綺麗になったかな」


 ガタガタと震え、唇を紫にしてうずくまる少女。


 バルデルは、彼女の命など気にも留めない。


 彼は満足げに頷くと、濡れた少女など視界に入っていないかのように、従者に新しい手袋を用意させた。


「さぁ、行こう。……今日は宰相のところで、また不潔な書類を見なければならないからね」


 彼は泥にまみれたハンカチをその場に放置し、馬車へと乗り込んだ。


 少女の嗚咽おえつと、市民たちの握りしめた拳だけを残して、白い馬車は優雅に去っていった。




          ◇




「……食べ物を粗末にするよりタチが悪いな」


 ダンジョン、メインルーム。


 その一部始終を水鏡で見ていた私は、低い声で言った。


 手元のマグカップがピキリと音を鳴らす。


「あれは『殺人未遂』だ。……放置すれば、あの少女は今夜にも肺炎で死ぬぞ」


「はい。それに炭も全滅です。……この寒空に、唯一の暖房手段を奪うとは」


 ノクスもまた、いつもの無機質な瞳の奥に、冷たい怒りをたたえていた。


 単なる嫌な奴、で済むレベルではない。


 あれは、この国の『毒』だ。


「アウレリア」


「言わなくても大丈夫だよぉ。あなた様ぁ」


 甘えの裏に殺気が混ざっている。


「あの子、私が保護しておくねぇ。……温かいシチューと、ふわふわの毛布を用意してあげる」


「頼む。……それと、奴の行先は王城だな」


「うん。宰相ちゃんのところだねぇ」


 アウレリアの声色が、よりドロリと甘く、危険なものに変わる。


「ねぇ、あなた様ぁ。……あの男、どうしちゃう?」


「わかっているだろう」


 私は即答した。


 エイレンのネコ耳が動く。


「似たようなことをしていた自分自身を見ているかのようだ。しかし、あれは……聖白教というよりは元来のユガミだな」


 呟くエイレン。


 確かに潔癖への思いはエイレンを思わせる。


「主よ。準備はしておく。何せ、自分を見ているようだから……その裏は読める」


「そうだな。クラリスへの対応を見てから……動くか」


 私はモニターの中、王城の門をくぐる白い馬車をにらみすえた。


「……せいぜい、今のうちに白い服を楽しんでおけよ」


 間もなく、お前は自分がお似合いの『色』に染まることになる。


 その薄汚れた本性の色にな。


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