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第22話:もふもふ・さんくちゅあり

【登場人物】


レオ / 処刑された元聖白教の異端審問官。黒髪に翠と金の目。黒い外套。ダラクローンと契約し、堕落のダンジョンで人々を解放する。


ノクス / ダラクローンの眷属。銀髪ボブに黒いゴシックドレス。ダンジョンの根幹を担っている。滅ぼされた魔法文明の魔法使いで、祈跡使いの聖白教の堕落を支援する。


アウレリア / 金色髪の聖女。聖白教オルドリア教区(王国の教区)と北の白塔をつなぐ聖務連絡官。普段は敬語を使う凛とした連絡官だが、ダンジョンの力で欲望が解放されてデレデレ?になってしまう。


エイレン / 元異端審問代行官。赤髪碧眼、ボンデージ風の服に猫耳パーカー。冷酷な動物嫌いの代行官だったが、本当は動物大好き。堕落した後は、『ポニーテール』に猫耳をつけて某動物愛好家ばりのわしゃわしゃもふもふをするようになってしまう。


【設定】

堕落のダンジョン / 神聖連合国の一国、グレイヴァルド王国の郊外地下に作られたダラクローンのダンジョン。欲望を満たすために、魔力によるダンジョンルームが仮設→生成され、人々を堕落させていく。


 一夜が明けた。


 王都の空は、憎らしいほどに晴れ渡っている。


 私は水鏡を通し、中央広場の様子を眺めていた。


「……誰も、片付けないな」


 広場の片隅。


 『動物愛◯◯◯』という仰々しい立て札の足元に、真っ白な陶器の水皿が置かれている。


 元々は動物愛護禁止と書かれていたのだろう。


 立て札は破られただけでそのままになっている。


 昨夜、公的にはバッヂを置いて失踪したことになっている異端審問代行官……エイレンが残した、最後の置き土産。


 なみなみと注がれた水面に、朝の光が反射している。


 一匹の野良猫が警戒心もなく水を飲んでいた。


 通りがかる市民たちは、それを見て見ぬふりをしている。


 いや、あえて誰も触れようとしないのだ。


 衛兵たちでさえ、バツが悪そうに視線を逸らして通り過ぎていく。


 かつてなら、即座に『無駄な設置物』として撤去されていただろう。


 だが、今は違う。


 あの厳格な代行官が、自らの地位バッヂと引き換えに残したその皿を割ることは、今の王都の空気には許されなかった。


「勝ったな……とりあえずは」


 私はコーヒーを啜りながら、独りごちた。


 派手な革命ではない。


 聖白教の支配が覆ったわけでもない。


 だが、あの水皿がある限り、この広場には『小さな自由』が存在し続ける。


 鉄の規律に、確かな風穴が開いたのだ。


「エイレン。君の勇気ある撤退に、乾杯しよう」


 私は空になったカップを掲げた。


 彼女は今、私のダンジョンで世話係をしている。


 聖白教の『代行官』としては失格だったかもしれない。


 だが、一人の『猫好きの少女』としては、これ以上ないハッピーエンドだ。



「——旦那様」


 背後から、ノクス・ネラの涼やかな声が響いた。


 振り返ると、彼女はいつも通り無表情で、しかしどこか誇らしげに一枚の羊皮紙を差し出してきた。


「ダンジョンの拡張処理、完了いたしました」


「ふむ。早いな。今回の報酬は?」


 この『堕落のダンジョン』のシステム。


 精神的に解放(堕落)させるたびに、その欲望に応じた新施設が生成される。


 欲望が魔力変換されるため、抑圧されていればそれだけダンジョン区画の質も高まる。


 アウレリアの時は『甘味』への渇望が満たされ、無限に食べ物が出てくる『秘密のお茶会』が作られた。


 徴税官は『金庫』。


「こちらへ。……今回は、旦那様の精神衛生にとっても、極めて有益な施設かと」


 ノクスに案内され、私はダンジョンの東区画へと足を運んだ。


 石造りの扉が開く。


 その瞬間、ただよってきたのは——陽だまりのような、甘く香ばしい匂いだった。


「……む」


 私は絶句した。


 そこは、柔らかな芝生が敷き詰められた、広大な庭園のような部屋だった。


 天井には魔法の疑似太陽が輝き、ポカポカと暖かい。


 そして何より、部屋の至る所に、極上のクッションやキャットタワー、ふわふわの毛布が設置されている。


「『癒やしの獣庭モフモフ・サンクチュアリ』です」


 ノクスが淡々と説明する。


 足元に、何かが擦り寄ってくる感触があった。


 見下ろすと、毛並みの良いウサギが私のブーツに鼻を押し付けている。


 それだけではない。


 猫。小型犬。羊のような毛玉。ハムスター。フェレット。


 あらゆる『触り心地の良さそうな小動物』が、この部屋で平和に暮らしていた。


「この空間にいる間、生物のストレス値は毎分5%ずつ減少します。また、どんなに撫で回しても動物たちは嫌がりません。動物同士の争いも存在しません」


「……天国か」


 私はたまらず、近くにいたゴールデンレトリバーのような犬の首元に指を埋めた。


 圧倒的な弾力。


 絹のような手触り。


 指先から脳髄へ、幸福物質が駆け上がってくる。


「すごいな……。エイレンの奴、どれだけ欲求不満だったんだ」


「彼女が押し殺していた『愛でたい欲求』が、ダンジョンの魔力リソースに変換された結果です。……おや?」


 ノクスが部屋の奥、巨大な猫型クッションの上を指差した。


 そこには、先客がいた。


 金髪のウェーブヘアを優雅に広げ、ウサギを抱き枕にして幸せそうに眠る……アウレリアだ。


「……むにゃ。あなた様ぁ……もう食べられないよぉ……」


 彼女は夢うつつで、ウサギの耳をハムハムと甘噛みしている。


 前回の作戦で彼女はよく働いた。


 これくらいの役得はあっていいだろう。


「食料事情に続き、メンタルケア施設まで完備か。我が拠点は着実に『楽園』になりつつあるな」


「旦那様、こちらへ」


 ノクスについていく。


 そういえば箱舟作戦で使用したモフモフ・パラダイスはどうなったのだろうか。


「……ふむ。主よ」


 巨大なドーム、魔法で造られた芝。


 掃除は半自動で壁や地面から現れる影の手が行う。


「ここがさらに強化されたモフモフ・パラダイスです」


「動物はいないようだが?」


「主。それには理由があるのだ」


「?」


 エイレンは片付けの手を止めて、こちらにやってきた。


 猫耳、黒いスカート付きのボンテージ、クマ耳パーカー(気分でネコ耳と変えるらしい)。


 そしてフードの中には本物の黒猫……一見するとかなりヤバいやつに見えるエイレン。


 まぁヤバいやつであることには変わりがないから良い。


「ここは訓練場と巨大生物用の区画だ」


「巨大生物?」と私。


「あぁ……主に、魔物用の、だな」


「魔物……!」


 魔物とは魔法生物の略である。


「聖白教は魔力や魔法を徹底的に排除し、異端として取り扱ってきました。体内に魔力回路があり、魔法と同じ力が使える魔物も、同様に狩り尽くされました」


 ノクスの言う通り。


 しかし、郊外や深山に入れば、魔物は数を減らしたものの存在している。


 そんな強力な生物をダンジョンに取り入れられれば、国崩しさえできるだろう。


「己は何故か動物と会話できるようになった。恐らく、それが魔物でも問題ないだろう」


「だが、今は魔物を探しにいくのは危険だな……」


「わかっている。リュシエルが動きはじめるだろうからな。ことが落ち着いたら、グリフィンやミュルメコレオに会いにいこう。一体どんな匂いがするんだろうなぁ……」


 その後、私は『癒やしの獣庭モフモフ・サンクチュアリ』でモフモフたちに埋もれながら、つかのまの平和を噛み締めた。


 しかし……私の勘が告げていた。


 この『平和』は、長くは続かない、と。


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