第17話:真夜中の箱舟
【登場人物】
レオ / 処刑された元聖白教の異端審問官。黒髪に翠と金の目。黒い外套。ダラクローンと契約し、堕落のダンジョンで人々を解放する。
ノクス / ダラクローンの眷属。銀髪ボブに黒いゴシックドレス。ダンジョンの根幹を担っている。滅ぼされた魔法文明の魔法使いで、祈跡使いの聖白教の堕落を支援する。
アウレリア / 金色髪の聖女。聖白教オルドリア教区(王国の教区)と北の白塔をつなぐ聖務連絡官。普段は敬語を使う凛とした連絡官だが、ダンジョンの力で欲望が解放されてデレデレ?になってしまう。
【設定】
堕落のダンジョン / 神聖連合国の一国、グレイヴァルド王国の郊外地下に作られたダラクローンのダンジョン。欲望を満たすために、魔力によるダンジョンルームが仮設→生成され、人々を堕落させていく。
深夜。
王都は、不気味なほどの静寂に包まれていた。
代行官エイレンが突きつけた期限は、明日の日の出。
市民たちは怯え、家の中で愛する家族を抱きしめて震えていることだろう。
「静かだねぇ」
屋根の上。
闇に溶けこむ黒衣を纏ったアウレリアが、眼下の街を見下ろした。
「ええ。ですが、騎士団はもう動いています」
ノクスが指差す先。
路地裏には、松明を持った聖教騎士たちが巡回している。
彼らは明日の『一斉処分』に備え、野良猫や野良犬の巣を事前調査しているのだ。
「あの子たち、見つかったら殺されちゃう……」
「させないさ。……我々が先に『さらう』」
私は黒いコートを着直して、夜空に向かって手を掲げた。
展開するのは、ダンジョンの最大出力を行使した広域転送魔法。
「ノクス、座標リンク完了。……『影の箱舟』、展開!」
——ズズズズズ……。
王都の地面に落ちている『影』という影が、一斉にざわめいた。
建物の影、街路樹の影、そして路地裏の闇。
それらがすべて、私のダンジョンへと繋がる『ゲート』へと変質する。
「アウレリア、誘導を頼む」
「了解だよぉ! ……さあ、おいでちびっ子たち。こっちは怖くないよぉ」
アウレリアが特殊な魔導笛(ノクスお手製のダンジョンアイテム)を吹く。
人間には聞こえない、動物だけが聞こえる周波数を用いて魔力で指示を伝えるものだ。
アウレリアの聞こえない言葉が王都に響く。
すると、街の至る所から、小さな影が飛び出してきた。
「ニャア……?」
「ワフッ……」
路地裏のゴミ箱の陰から、痩せた野良猫たちが。
地下水路から、濡れた野良犬たちが。
彼らは本能で『安全な場所』を悟ったのか、恐る恐る『影』の上へと足を乗せる。
ヒュンッ!
影に触れた瞬間、彼らの姿が吸いこまれるように消える。
「よし、順調だ」
私は高所から『視界強化』でその様子を確認しながら、次々とゲートを操作していく。
東区画、完了。
南区画、完了。
騎士団がマーキングしていた場所が、次々ともぬけの殻になっていく。
それだけではない。
民家の軒先にも、小さな影のゲートを開いた。
『処分される前に、夜の影に祈れ』——私の出した貼り紙を見た市民たちが、涙ながらに愛犬や愛猫を影の中へと送り出している。
「必ず迎えに行くからな……!」
「達者でな……!」
彼らの祈りと共に、何百もの命がダンジョンへと流れこんでくる。
◇
ダンジョン……新設エリア『箱庭』にて。
ヒュン、ヒュン、ヒュン!
転送された動物たちが降り立ったのは、冷たい石の床ではなかった。
そこは、柔らかな魔造芝が広がり、温かい空調魔法が効いた、広大なドーム空間。
私とノクスが即席で構築した『モフモフ・パラダイス』だ。
「みゃあ! みゃあ!」
「ワワンッ!」
突然の環境変化に、動物たちはパニックを起こしかけていた。
だが、そこでノクスが静かに進み出た。
「——皆様、堕落のダンジョンへ、ようこそ」
彼女が指を鳴らすと、フロアの至る所から、山盛りの「極上餌」が入った皿が出現した。
新鮮なマグロ、霜降りの牛肉、温かいミルク。
王都のゴミ漁りでは一生ありつけないご馳走の匂いに、動物たちの喧騒がピタリと止む。
「……ガツガツッ! フガフガッ!」
次の瞬間、そこは狂乱の食事会場と化した。
一心不乱に食べる獣たち。
「……ふむ」
私はその様子を見て、気づく。
これを別の方法で戦略的に行うこともできる……と。
対人でも……難しくない。
動物たちは一生懸命に水と食料を摂取していた。
痩せこけた体に、久しぶりの栄養が染み渡っていく。
「あははっ! すごい食欲!」
戻ってきたアウレリアが、ドレスのまま芝生に座りこみ、猫まみれになりながら歓声を上げる。
一匹の子猫が、彼女の膝をよじ登り、胸元に顔をうずめた。
「んもう、くすぐったいよぉ〜♡ ……あなた様、見てぇ! この子たち、笑ってるよ!」
「ああ。いい眺めだ」
満足げに頷く。
ノクスが目をつぶりながら報告する。
「猫342匹、犬128匹、フェレットなどのその他小動物56匹。……王都の野良個体および緊急避難個体の99%を回収しました」
「上出来だ。これであとは……」
私は口角をあげた。
「明日の日没、あの動物嫌い女がどんな顔をするか見物だな」
エイレン・フェルノ。
君が剣を抜いて『汚物』を探し回っても、そこには塵一つ落ちていない。
君の正義の剣は、虚空を切るだけだ。
「ノクス、このエリアの防音と遮断結界を最大に。鳴き声ひとつ、外には漏らすなよ」
「御意。……あ、旦那様」
ノクスが私の足元を指差した。
見れば、一匹の小さな黒猫が、私のブーツに前足をかけ、金色の瞳で見上げていた。
どこか、私……転生後の私に似ている。
「……フン。お前もここが気に入ったか」
私が抱き上げると、黒猫はゴロゴロと喉を鳴らし、私の頬を舐めた。
悪い気分ではない。
こうして、真夜中の『箱舟作戦』は完了した。
ダンジョンは今や、大量の食材と、大量の金と、大量のモフモフを抱えこんだ、世界で一番豊かで温かい場所となった。
さあ、夜明けを待とう。




