第16話:三者の席
【登場人物】
レオ / 処刑された元聖白教の異端審問官。黒髪に翠と金の目。黒い外套。ダラクローンと契約し、堕落のダンジョンで人々を解放する。
ノクス / ダラクローンの眷属。銀髪ボブに黒いゴシックドレス。ダンジョンの根幹を担っている。滅ぼされた魔法文明の魔法使いで、祈跡使いの聖白教の堕落を支援する。
アウレリア / 金色髪の聖女。聖白教オルドリア教区(王国の教区)と北の白塔をつなぐ聖務連絡官。普段は敬語を使う凛とした連絡官だが、ダンジョンの力で欲望が解放されてデレデレ?になってしまう。
【設定】
堕落のダンジョン / 神聖連合国の一国、グレイヴァルド王国の郊外地下に作られたダラクローンのダンジョン。欲望を満たすために、魔力によるダンジョンルームが仮設→生成され、人々を堕落させていく。
翌朝。
王都の空は、鉛色の雲に覆われていた。
いつものダンジョンのメインルーム。
私は水鏡を展開し、その『三者会談』を見下ろしていた。
「……始まったか」
映し出されているのは、王城内の密室——『宰相執務室』だ。
重厚な円卓を囲んでいるのは、目下の問題の重要人物たちだ。
神聖連合国のひとつ、グレイヴァルド王国の中枢、聖白教の頂点白塔からやってきた代行官、そしてそのふたつを繋ぐ連絡官。
一人目は、この部屋の主である宰相クラリス。
青いロングヘアを知的に流し、眉間に深い皺を刻んで書類を睨んでいる。
二人目は、我が共犯者である聖務連絡官アウレリア。
完璧な鉄仮面を被り、書記としてひかえている。
そして三人目。
上座にふんぞり返り、不機嫌を隠そうともしない赤髪の女騎士——異端審問代行官エイレン・フェルノだ。
「——遅い」
エイレンが氷のような声を放った。
彼女の指が、円卓をコツコツと叩く。
「『白布告』の発令から一夜が過ぎた。だが、報告によれば『浄化』された獣の数はゼロだ。……宰相殿、これはどういうことだ?」
「準備に時間がかかっているのです、代行官」
クラリスが疲労のにじむ声で答えた。
「ペットの回収には、市民への説明と補償が必要です。貴女のように『見つけ次第殺せ』と号令をかけるだけでは、暴動が起きかねない」
「暴動? それがどうした」
エイレンは冷笑した。
「秩序のための痛みだ。……それとも宰相殿は、神の規律よりも、愚民の機嫌の方が大切だと言うのか?」
「国益の話をしているのです。物流や治安維持に支障が出ては、本末転倒でしょう」
「言い訳はいいわけだ!」
バンッ!
エイレンが拳を叩きつけた。
円卓のティーカップが跳ね、紅茶がわずかにこぼれる。
エイレンはそのシミを見てため息を吐く。
「貴殿らの仕事は『調整』ではない。『執行』だ。……ボルグの一件で緩みきったこの国の綱紀を粛正するには、痛みを伴うショック療法が必要なのだ」
彼女の視線が、アウレリアへと移る。
「連絡官。貴様もだ」
「はい」
「貴様は教区と本国のパイプ役だ。なぜもっと強く、宰相の尻を叩かん? ……まさか貴様自身も、あの毛玉どもに情を抱いているわけではあるまいな?」
鋭い『かまかけ』。
アウレリアの心拍数が上がる……そんな感覚を、空気感を、水鏡越しに感じる。
だが、彼女は表情を崩さなかった。
「いえ。教区禁忌の設定とホワイト・オーダーの発布の時点で、彼らは禁忌の生命となりました。わたしはただ、円滑な遂行のために調整を行っているだけです」
「口先だけは達者だな」
エイレンは立ち上がり、二人の背後をゆっくりと歩き始めた。
軍靴の音が、死刑執行の足音のように響く。
「いいか、よく聞け。……己は知っているぞ」
彼女はクラリスの椅子の背もたれに手を置き、耳元で囁いた。
「この国の中枢には、まだ『腐敗』が残っている。ボルグだけではない。……もっと深く、静かに進行している『堕落』の気配をな」
「…………」
「今回の『白布告』は、その判断材料だ。……獣一匹殺せぬ者に、国の汚れが払えるとは思えん」
エイレンはアウレリアの背後へ移動する。
「明日の日の出だ。……それが期限だ。どちらの命が重いか……天秤にかけるのだな」
赤髪の女騎士はアウレリアの金髪を一房つまみ上げ、鼻を近づけた。
「それまでに成果を出せ。さもなくば……次は貴様らを『掃除』の対象とする」
「ッ……」
アウレリアが息を呑む。
エイレンは髪を乱暴に離すと、振り向いた。
「失礼する。……この部屋は空気がよどんでいる。換気をしておけ。何か……いやな臭いがするならな」
バタン、と重い扉が閉まる。
嵐が去った後のような静寂が、部屋に残された。
◇
「……はぁ……」
宰相クラリスが、深い溜息と共に頭を抱えた。
「なんて人だ……。あんな狂犬を野放しにしておけば、国が壊れるわ」
「お疲れ様です、宰相閣下。お茶を淹れ直しましょうか?」
「ええ、頼みます。……濃いめでお願い」
アウレリアが給湯室へ向かうふりをして、死角に入った。
彼女は小声で、私に念話を送る。
ダラクローンの契約者同士の簡素な魔法……『疎通』である。
『……聞きましたか、レオ様』
「ああ。特等席でな」
私は水鏡を見つめながら答えた。
『あの女、本気です。明日の日の出までに成果が出なければ、騎士団を強行突入させる気です。……宰相様も、もう限界そう』
「状況は理解した。……むしろ好都合だ」
私はニヤリと笑った。
三者の席。
一見、エイレンが圧倒しているように見えたが、その実、彼女は自分を完全に孤立させた。
宰相の協力を失い、連絡官に敵意を向けた。
これで、彼女の足元をすくう準備は整った。
「アウレリア。宰相には適当に合わせておけ。……我々の作戦は、予定通り今夜決行する」
『はい。……例の“箱舟”ですね?』
「そうだ。エイレンが『成果』を求めて血マナコになっている間に、その対象……生物を全て消し去る」
私は立ち上がり、ノクスに合図を送った。
「あの鉄壁の女に教えてやろう。……汚れを嫌うあまり、大事なものを全て指の隙間からこぼれ落とす感覚をな」
舞台は整った。
今夜、王都から全ての『もふもふ』が消失する。
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