第15話:白布告、広場の宣言
【登場人物】
レオ / 処刑された元聖白教の異端審問官。黒髪に翠と金の目。黒い外套。ダラクローンと契約し、堕落のダンジョンで人々を解放する。
ノクス / ダラクローンの眷属。銀髪ボブに黒いゴシックドレス。ダンジョンの根幹を担っている。滅ぼされた魔法文明の魔法使いで、祈跡使いの聖白教の堕落を支援する。
アウレリア / 金色髪の聖女。聖白教オルドリア教区(王国の教区)と北の白塔をつなぐ聖務連絡官。普段は敬語を使う凛とした連絡官だが、ダンジョンの力で欲望が解放されてデレデレ?になってしまう。
【設定】
堕落のダンジョン / 神聖連合国の一国、グレイヴァルド王国の郊外地下に作られたダラクローンのダンジョン。欲望を満たすために、魔力によるダンジョンルームが仮設→生成され、人々を堕落させていく。
王都中央広場。
「にゃあー」
代行官エイレン・フェルノの足元に、茶トラの野良猫が擦り寄っていた。
無垢な獣は、目の前の人間が『敵』であることなど知る由もない。
「……にゃあ?」
猫が甘えた声を上げ、エイレンの磨き上げられた純白のブーツに体を預ける。
その瞬間。
チャキッ、と硬質な音が響いた。
エイレンが腰の銀剣に手をかけ……抜いた。
聖白教でいう魔法『祈跡』が施された剣から放たれたのは金色の風。
猫は風圧によって飛ばされ、路地の方に着地した。
慌てて逃げていく。
「なっ」
「恐ろしい……」
民草は聞こえないようにそう声を漏らす。
「——無駄だ」
そして冷たい目をさらに細める。
「無駄でしかない存在だ」
そして。
彼女の声が、広場の空気を凍らせた。
エイレンは両手を広げ、叫ぶ。
「これより、聖白教オルドリア教区には白塔から『ホワイト・オーダー』を発令する!」
彼女は懐から書状を取り出し、広場に集まった市民たちに向けて高らかに宣言した。
「第一条。王都における『生産性のない獣』の飼育および餌付けを全面禁止とする!」
私は目を見開いた。
そうくるとは。
「第二条。野良犬、野良猫を含む全ての不浄で無意味な獣は、即刻排除せよ!」
広場の誰もが言葉を出せない。
「第三条。……これに従わぬ者は、異端として処罰する!」
長い沈黙。
やがて、悲鳴のようなざわめきが広がった。
「そ、そんな……! うちは犬を飼ってるんだぞ!」
「ただの猫じゃないか! 何の害があるって言うんだ!」
赤髪が揺れる。
彼女は一歩前に出て口を開いた。
「秩序だ!」
エイレンが一喝する。
「獣は生活に不必要であり、擁護という名の無駄を生み出す。何より人々の『祈りの時間』を奪うノイズである! 現世の愛着など不要。……神のみを愛せよ!」
その言葉に対し、老若男女が唇を震わせた。
「そんな……乱暴な……!」
「いくらなんでも……」
市民の声が小さく聞こえる。
彼女の碧眼が、異論を唱える市民たちを射抜いた。
「貴様ら……異端狩りをするぞ……?」
誰も逆らえない。
この『アイアンメイデン』は、本気だ。
「各家の獣どもの命の期限は明後日の日の出までとする。長いじゃないか。いくらでも対処はできるだろう。なぁ? それ以降に見つかった獣は、騎士団が全て処分する……」
そこで一呼吸置き、続ける。
「正確に言えば」
赤髪が輝いた。
「抹殺する」
エイレンは踵を返し、部下たちに指示を出した。
「精々今日のうちに埋葬しておくのだな。さぁ、行け。まずは路地裏の野良からだ。……一匹残らず『浄化』しろ」
騎士たちが動き出す。
先ほどの茶トラ猫が顔を出していたが、殺気を感じて慌てて路地へ逃げこむのが見えた。
エイレンはその小さな背中を、無表情のまま、しかしどこか——悲痛なほど強く握りしめた拳で見送っていた。
◇
ダンジョン・作戦室。
バリンッ!
水鏡の映像を見ていたアウレリアが、手にしたティーカップを落としそうになり、慌ててテーブルに置いた。
「……ひどい。ひどすぎるっ!」
彼女は憤慨して立ち上がった。
「酷い! 酷いよ! 猫だよぉ? 犬だよぉ? あんな可愛い子たちを『不浄』だなんて……!」
「落ち着け、アウレリア」
私は冷静に、しかし内心では静かな怒りを燃やしながら言った。
「だが、これで合点がいった。……奴の『愛玩動物への忌避』は、ただの性格じゃない。信仰による『自己暗示』だ。洗脳とも言える」
私は水鏡を巻き戻し、エイレンが猫を追い払った瞬間の映像を静止させた。
そして拡大する。
「見ろ。この手」
「……え?」とアウレリア。
「なんでしょう」とノクス。
「剣の柄を握る手が、白くなるほど震えている。……本当に憎んでいるなら、こんなためらいは見せない」
アウレリアが画面を覗きこみ、息を呑む。
確かに、エイレンの指先は微かに震え、その視線は逃げていく猫を名残惜しそうに追っていた。
「彼女は、動物が嫌いなんじゃない。……『好きすぎて、職務に支障が出るから遠ざけている』んだ」
「まさか。そんな子供みたいな理由ですか? 旦那様」
ノクスが眉をひそめる。
「狂信者というのは、得てしてそういうものだ。自分の弱さを『悪』と定義し、攻撃することで正当化する」
私はイスに深く腰掛け、天井を仰いだ。
エイレン・フェルノ。
不器用で、哀れな代行官殿。
君は今、王都中の動物好きを敵に回しただけじゃない。
君自身の心をも殺そうとしている。
「どうするのぉ? あなた様。このままじゃ、明日の日没には……」
「虐殺が始まるな」
私は立ち上がった。
黒いコートがひるがえる。
「させないさ。私のダンジョンで、そんな野暮なマネは許さん」
「……ということはぁ?」
「ノクス!」
ノクスもまた立ち上がる。
「はい、旦那様」
「まずは水面下で『箱舟作戦』を開始する。……王都中の野良猫、野良犬、そして飼えなくなったペットたち。一匹残らず、このダンジョンへ『保護』するぞ」
ノクスが無表情のまま、しかし力強く頷いた。
「承知いたしました。……使っていない場所にも招き入れましょう」
「ああ。『モフモフ・パラダイス』を作れ。最高級の餌と、ふかふかのベッドを用意してな」
私はニヤリと笑った。
「エイレンは『処分』するために動物を集めるだろう。……我々はそれを横からかっさらい、天国へ招待する」
「んふふ……♡ 最高だねぇ」
アウレリアが私の腕に絡みつき、とろけるような声を出した。
「あの堅物ちゃんが血マナコになって探しても、一匹も見つからない……。その時の悔しがる顔、今から楽しみぃ」
「そして、最後に招待してやるのさ。……彼女自身をな」
潔癖の騎士を堕とす罠は、泥ではない。
彼女が殺そうとして、殺せなかった、無数の『柔らかな毛玉たち』だ。




