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帰還―― 帝都に現れた蜘蛛②

「工作は私が引き受ける。楽しいからね、こういう小細工は」

 フルーリックは、またも、繊細な印象の長い指で髪をかきあげる。


「ルー。熱心だな、この極東でのいくさに」

「興奮している。ミカドの軍隊には、なんとしても勝ちを収めてもらわなくては」

 美形の悪魔は目を輝かせている。


 斎門には読めていた。ウィンザーの悪魔が、大和帝国の勝利の可能性を本気で考えるようになった背景には、旅山陥落がある。フルーリックはオッズを変えたのだ。そして、こうも考えているのだろう。大英帝国の地下金庫に眠るユニヴァーサル・ユニット、それを大盤振る舞いするときが来た、と。今それをしないで、いつするのだ?


「私の学生がウィンザーに戻ってきた。しょんぼりしてね。だいぶ前の話だが。あれを利用しないで、穂波の不在をどう穴埋めしているんだ?」


「学生から聞いていないか? 穂波はあちこち旅行していることになっている。ここでは『洋行』というんだが」


「なるほど。では、穂波は、愛しい彦乃や息子の顔も見ずに、また戦闘に駆り出されるのか。かわいそうに」


「いや」と斎門は言った。「穂波は一度、帰る。自分の家に」

「妻子と喜びの再会を果たすのか?」

 斎門はうなずいた。

「ああ。そういう手順が必要だ。俺はそう考えた」

「手順? 何のための?」

「穂波を完全にリフレッシュさせるためだ」


 穂波は快復した。

 記憶も取り戻した。

 活力にも問題はない。

 だが――完璧といえるだろうか?


 斎門は緻密に計算していた。穂波を、一度は、住み慣れた芝の家へ戻す。雪と再会させる。雪を思いきり抱きしめさせる。親子三人水入らずの時間を過ごさせる。穂波には、父親として、夫として、生きている実感を味わわせる。そうした手順を踏んでおく必要があるのだ。そうしてこそ、穂波は大事な場面で使いものになるはずなのだ。


「彦乃は喜ぶだろうね。子供も。穂波の帰還の日は?」

「今月の二十六日」

「ふむ……海戦勃発はいつになると想定しているんだ、サイモンは?」

「六月の第一週」

「そんなところだろうな」


「数日早まったとしても、今月の三十日か三十一日。あるいは二十九日。俺には正確には見通せない。今は、まだ」

「二十六日より早い開戦となったら、どうする? 手順とやら、狂うと思うが」

「そうならないことを祈っている」

 と斎門は言った。祈っていた。


「サイモン――」

「何だ?」

「穂波もだが、あれも参戦させてくれると期待していいかな? Sutokuだ」


 そうか。フルーリックはこれを確かめたくて、ここへ来たのか。

「期待して、いい」


「Sutokuとは、どういう関係なんだ?」

「その質問には答えない。誰にも教えるものか」

「気になる。ああ……その謎が気になるよ、サイモン。これからは密に連絡を取りあおうじゃないか」 

 笑いながら、フルーリックは消えた。



 やがて、バルチック艦隊の本隊がベトナム東岸の湾から退去させられた、という報道が世界中に流れた。本隊は、フランスが支配するその湾で、本国が援軍としてあとから送った老朽艦の一団が合流してくるのを待っていたのだった。


 大艦隊は、今、ベトナム沖を漂いながら、無意味な時間潰しを強いられている。


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