爆発
ディンセントはハイエフに跨って空を飛んでいる。夜空を渡る体験は初めてだった。
「……やっぱり、何かおかしくないか?」
ディンセントは遠い目でこぼす。
「え? 何?」
「……いや、別に……」
ロカの声はハイエフの下から聞こえてきた。銀色の長い髪を揺らす彼女は、手足に青白い光の翼を生やしてハイエフを持ち上げ歩いている。ロカが駆ければ瞬く間に目的地に着けるのだが、それではディンセントとハイエフが風圧に耐えられないだろう。
ディンセント的には、少女に持ち上げられたハイエフに跨っている己の姿の絵面がどうしようもなく間抜けでできれば勘弁してもらいたいのだが、人間とハイエフを同時に運ぶことを考えるとこの体勢が一番妥当だとは分かっているので、強く言えないようだ。
ここはコハントルタの島の北側の夜空。
ロカがどうしても城に戻らないのでついてきたディンセントだったが、彼女の言うクゥムーに会いに行くとは一体どこに向かっているのか、彼は全方向暗闇の中でもやもやしていた。
「なぁ、」
「何?」
「どうして城に帰りたくないんだよ」
「それは……私がソラリコじゃないから」
「今、空を渡ってる奴が言うセリフか、それ。ていうか、ソラリコが夜空を渡れるなんて聞いたことないんだが」
「ソラリコは無理だけど、カマラドは夜空を渡れるの」
「……つまり、お前はカマラドっていうのなんだな。ソラリコとは違うのか?」
「同じだけど違うというか、ソラリコの素質がある者がカマラドになるの」
「じゃあ、ソラリコとほとんど変わらねぇだろ。何で城に帰れないって言うんだよ」
「違うの、違う。そうじゃなくて……、」
ロカは一瞬黙り込んだ。下を覗き込んでも、ディンセントの位置からではロカの表情を窺い知れない。
「……私ね、ソラリコなら必ずできるヤタができないの。だから、ソラリコの資格がないって……」
「資格?」
「うん。できて当たり前、できないということは即ちソラリコではないということなの。それだけ大切なことを、私はできないの」
「……だから、お前にはソラリコの資格がないって? そう言われたのか」
「そう、だから、私は……、」
「お前、そんなことでソラリコから逃げようとしてたのか」
ぴしゃりと告げるディンセントの言葉にロカはカチンとくる。
「そんなことって……! ソラリコにとって、治癒術式と防衛術式は本当に大切なものなのよ! そのヤタの有無で戦局が変わるわ、助かる命の数が左右される!」
「じゃあ、そこまで分かってて、何でお前はソラリコになりたいってここに来たんだよ!」
「……!」
「分かっててもなりたかったんだろ? 無理かもしれないって知ってても諦められなかったんだろ? なのに、資格がないって言われただけでやめるのかよっ」
「……」
「お前、最初に城のソラリコに出会ったときとかペテで踊ってたときとかさ、すげぇ良い笑顔してたじゃねぇか。それだけ、嬉しかったんだろ? 夢だったんだろ? それを、誰かの一言で簡単に捨てるんじゃねぇよ!」
ディンセントの言葉が闇夜に響く。
あれだけ楽しそうにしていたロカのソラリコに対する思いが適当であるはずがなかった。何があったのかは知らないが、その姿を知っているからこそ、言われるがままに夢を閉じようとしている姿に苛立った。
その場は、しんと静まり返った。
「……」
歩みを止めて黙ってしまったロカに、我に返ったディンセントは少し焦る。彼自身の言葉に偽りなどないが、それが相手にとって善いものかは別問題である。
「……おい、」
「で……」
ハイエフが震えている気がしたかと思うと、ディンセントはふわっと空中に浮遊する感覚を受ける。次の瞬間には、ハイエフのハンドルとサドル付近を掴んで彼の横に移動しているロカがいた。すぐ近くに来た気配に驚いたディンセントは肩を揺らす。
「ッ、何にも知らないのに、勝手なこと言わないで!!」
ロカの眉間には皺が刻まれ、その青い瞳は奥深くで燃えるように鋭くディンセントを貫く。突風が空を駆ける。
彼女がこんなにも感情を露わにするとは思ってもみなかったディンセントは、目を見開いたまま声が出なかった。
「矛盾も甘えも自分が一番分かってる! これは自業自得だってことも! だから、ずっと悩んできた……それをっ、正論だけで片付けないで!!」
ロカの激情に合わせて、あふれ出る光の粒子の密度が増す。彼女の瞳にこんなにも光が映り込むのは、もしかして濡れているからだろうか。
ロカからの強い感情に、ディンセントは言い過ぎたかもしれないと思い返す。当事者が一番苦慮しているのは当たり前のことだ。ソフィアンネから、ロカの近くにいてやれと言われたが、土足で踏み込むのとは違う。
「あー、取り込み中だとは思うんだけどさぁ、」
唐突に第三者の声が聞こえて、その場の空気が固まる。
二人が振り返った先に、黒い豹のようなソラニルがいた。引き締まった四肢、額に瞳と同じ色の赤い石があり、尾は二股に分かれて揺らめいていた。ぴぴっと振る両耳にも赤い石が二つずつ付いているのが見える。
少し面倒臭そうな声色で、そのソラニルが喋った。
「こんな所で喧嘩しないでくれる?」
ディンセントはまさかソラニルに話しかけられるとは、しかも注意を受けるとは予想もしておらず、口を開けたまま動きが止まる。
そんなことはお構いなしに、ソラニルは前足でロカを差しながら続けた。四つの足にも赤い石が付いている。
「特にアンタ。力が強過ぎて他のソラニルがびっくりしちゃってんだけどさぁ」
「えっ、ご、ごめんなさい!」
現状にはロカも驚いているらしく、先ほどの剣幕はどこへやら、途端に光の粒子の量は減り、慌ててソラニルに謝った。
「んー、まぁ、分かってくれたならいいけどさぁ」
ソラニルは軽く鼻を鳴らした。
「んで、アンタら、ここで何してんの? 人間が夜にこんな所にいるなんて不思議なんだけど」
「あ、あの、私、クゥムーに会いに来たの」
「へぇ」
思い当たる節があるとでもいうように、ソラニルの片目が大きくなる。
「主の島で寝泊まりしてるって言ってたから。クゥムーと話したいことがあるの」
「あ、そー。でも、今、アイツいないんだよなぁ」
「え?」
「ちょっと野暮用でさぁ、ちょっと遠くにお使いに行ってもらってるんだよ」
「お使いに行ってもらってる……えっ、ということは、」
ロカはさらに驚きを追加する。クゥムーに用事を頼むことができる者、それはつまり。
ロカの動きに左右されるハイエフは揺れるが、言葉を喋るソラニルの出現を皮切りにこの場についていけないディンセントはそれどころではない。
ニヤニヤするソラニルはまた鼻を鳴らした。
「あなた、主さんっ!?」
「んふー、分かる?」
ロカの驚きもソラニルのドヤ顔も何もかも情報を共有できないディンセントは、石のように固まるしかなかった。
カマラドの状態のロカは多少ワイルドになります(誤差?)
※誤字報告ありがとうございます!
助かりました。
たまにやってしまいますね、うおー。




