真・ヨミゴエ6
目眩がする。
荒い呼吸が聞こえる。
指先が痺れて冷たい。
……寒い。
暗闇の中、少女は立っていた。
かろうじてと付け加えるのが正しいだろう。
防衛術式が消えた彼女は全身が雨で濡れそぼり、両手足はその首まで黒く染まり、体中のいたるところにヨミの破片が飛び散って染みを作っている。
少女の目の前で青い光が溶けて消えていく。
五体目のヨミゴエは何とか還した。しかし、これ以上ヨミゴエと対することに限界を感じていた。
震える手を握った彼女が思うのは、監視部隊の様子だった。最終的にはヨミゴエだけに集中するしか余力がなく、周囲にまで気を配れなかったのだ。
彼らに、治癒術式と防衛術式を施さなければ危険だ。
……もう、危険では済まされない状態かもしれない。
少女は唇を噛み締める。
明滅するような自身の青白い翼の光に何とか力を巡らようと意識を集中させる。
彼女の背後に、残ったヨミの塊が飛びかかった。
「白銀の切っ先殿!!」
ヨミの塊を切ったのは淡い緑色の髪の騎士だった。濡れたその髪が衝動で雨粒を散らす。
彼は半ば呆然としている少女の手を取ると、慌てて自分のソラニルの背へと座らせる。
「大丈夫ですかっ!?」
「あなたは……」
今にも消えそうな声の少女を見て、騎士は胸を痛める。
彼女の体は冷え切っていた。黒く染まったその手の震えが止まらない。
力があるとはいえ、まだ幼い少女がこんな姿になるまで戦わなければならないなど、何かがおかしいと叫びたい衝動に駆られた。
ふいに、少女が自身の頬に手を添える。騎士に向けてヤタを行おうとしているようだった。
騎士は咄嗟に彼女の手を押さえる。
「やめてください!」
「でも……、」
目の前にヨミが過る。少女を抱き寄せ、残党のヨミを切り裂く。
カマラドの青白い光がとても弱々しいものになっている。彼女を拘束してヤタを行わないように叫ぶ。
「いいんです! もう、お願いですから……ッ」
ソラニルと仲間が墜落していく姿を思い出し、騎士は思わず歯を食いしばる。
監視部隊は善戦しているものの、圧倒的な数の不利と、闇夜と雨という地の利の無さから、徐々に数を減らしていた。
叫び声は雨に貫かれる。
乱戦状態で誰がどこにいるのか……残っているのか、把握できない。伝達鳥の行方も感知できなかった。
持ち前の勘の鋭さで彼は何とか生き残っているものの、この戦況を覆す一手など皆無だった。
暗闇でかろうじて明滅している青白い光を見つけたので何とか少女の元へ辿り着けたが、この状況を打破する唯一の可能性を持つ彼女はすでに弱りきっていた。
「救援は……後詰めは来ないのか……っ」
渇望を吐露した瞬間、騎乗しているソラニルが体を捻った。尾にヨミが飛びついてしまったようで、騎士は体勢を整えながら何とか払いのける。
その最中、頭上からぞっとする気配を感じる。少女とソラニルに気を取られて察知が遅れた。顔を上げたとき、大きな塊のヨミが真上から襲いかかってくるのが見えた。騎士は夢中で少女をかばう。
一瞬、風が通り過ぎたかと思うと、目の前に槍を構えてヨミをなぎ払っている騎士の姿があった。
雨に濡れるその赤い髪を見て、少女を抱えた騎士の口角が微かに上がった。
「部隊長!」
だが、彼の様子がおかしい。顔を押さえている。
「……ッ、白銀の切っ先殿を連れて、アレスローヴェンへ行け!!」
そう叫んだ彼の顔の右側、特に右目辺りがどす黒く変色していた。彼の部下と少女を守るため、ヨミの一撃を食らったのは明白だった。
ひゅっと鳴る喉。収縮する瞳孔。
傷を見てぞっとした騎士は、思わず少女を強く抱き締める。
呆然としていた少女はそんな赤い髪の騎士の姿を見ると、途端に我に返ったように目を見開いて息を吸う。治癒術式を行うため、騎士の拘束から抜け出そうともがいた。
「傷が!!」
「あっ、いけない!」
騎士は少女にヤタをさせまいと必死に止めにかかる。その間にも、赤髪の騎士は片方の目でヨミを捉え、切り捨てていく。一時しのぎの鎮痛作用があるタブレットを口に放り込み、噛み砕いた。
「早く行けッ!」
赤髪の騎士が叫んだその時だった。
急に周囲のヨミたちが動きを止め、力を失ったように落下を始める。
騎士たちには何が起こったのか分からない。少女ももがくことを止め、この出来事にただ驚くばかりだった。
雨とヨミが降る音がする。
それは、序曲だった。
痛いのはツライなー。
あ、時間的に、アレスローヴェン騎士団の軽騎隊が出撃し始めている頃でしょうか。




