真・ヨミゴエ5
アレスローヴェンの中央司令部の動きがいつにも増して慌ただしかった。各国の部隊への通達や前線の監視部隊からの連絡で伝達鳥が飛び交う。
中央司令部が置かれた会議室に少年はいた。周囲の者や伝達鳥からの報告を聞き、冷静に指示を出している。
そういう風に見えるが、内心、少年には焦りがあった。
嫌な予感は的中した。今、あの少女はヨミゴエと戦っている。
しかも、第二、第三のヨミゴエと交戦したと、先ほど到着した伝達鳥からの報告があった。
今までにないことだった。
ヨミゴエ一体と対するのにただでさえ力を使うのに、連戦となれば、彼女の負担は計り知れない。
しかも、前線にはソラリコはおらず、監視部隊の騎士のみ。
彼女のことだ、本来ならばソラリコの役目である騎士への回復なども、すべて一人で行っているのだろう。
……これだから、監視部隊にソラリコを配属させろと言っているのだ。
少年は今更ながらに歯痒く思う。
ソラリコは夜空を渡ることはできない。しかし、船などの飛行の動力源となるソライシに特殊な加工を施し、その力を利用するとヤタを行うことができる。夜空を渡るには相応の持続力が必要なので難しいが、ソラニルに乗れば騎士のサポートに赴くことは可能だ。
だが、彼の要望は叶わない。総司令官はあくまで部隊の指揮を任されているだけで、隊の編成にまで口を挟むのは度が過ぎるとのことらしい。
大方、ソラリコはソラリコで権限を持って独自に動きたいのだろう。
アレスローヴェンからの再度の要請により、各国は重い腰を上げた。各国の騎士団はアレスローヴェンに駐屯しているとはいえ、今から出立の準備をしていては間に合わないので、アレスローヴェンの騎士団のみを先に動かす。こちらはすでに出撃準備も整っているので、各国の騎士団は後詰めに回ってもらう。
開け放たれた窓から伝達鳥が飛び込んでくる。部屋の中をくるりと一周すると、止まり木に舞い降りた。近くの者が伝達鳥に装着されている装置を再生した。
「……こちら監視部隊、白銀の切っ先によって二体目のヨミゴエが還った。現在、三体目と交戦中。だが、ヨミの数が多い。応援を求む」
部屋におおっという感嘆の声が響く。
少女が善戦している。
当たり前だと、少年は静かに頷いた。
「軽騎隊の準備はもうできていますか」
「はい、もう間もなく」
二体目を制したとはいえ、まだ三体目が残っている。少女も気になるが、長期戦となると数多のヨミとずっと交戦している監視部隊の騎士たちの身が案ぜられる。まずは、アレスローヴェン騎士団の中でも速さに特化している軽騎隊を先に向かわせるべきだろう。
少年の元には次々に連絡が届く。あの国の騎士団のソラニルの具合がどうだとか、かの国のソラリコが一定数に満たないとか、その国の軽騎隊が足りないので弓隊で補うとか。
元来、少年は届く情報を分析し、その時々の状況に応じた最適な戦術を組み立てることを得意としていたが、それは最終決定を下す総司令官の補佐としての立場で行っていたことだった。
思い返すと、あの時が一番充実していたように感じる。各国の騎士団ともうまく連携が取れていたと思う。
現状、後手に回っていることは否めなかった。
今回に限ったことではない。
各国の騎士団の準備の遅れなど、以前からこのようなことがちらほらと起こり始めている。それは、少年が総司令官に着任してからじわじわと、そして、少女が参戦してからは顕著になった。
少女の強さが、各国に甘えを生じさせているように見えた。
……彼がいれば、こんなことにはならなかったのだろうか。
少年の脳裏に、ふっとある人物の顔が過る。
瞬きの隙間に、その笑顔が浮かぶ。
そう。
あの人懐っこい笑顔。
誰からも慕われる人柄。
頭を撫でられ、にかっと笑うその白い歯を見れば、負ける気はしなかった。
少年は、ぐっと数秒間目を閉じる。
分かっている。今はそのことを考えている場合ではない。
まずは、交戦中の少女と騎士へのフォローだ。
再び、伝達鳥が飛び込む。かなり興奮している様子の伝達鳥を何とか落ち着かせて再生された音声は、緊迫感にあふれていた。
「……っている! こ、こちら、監視部隊っ、第四のヨミゴエが出現した……い、いや、第五……五体目まで出現しようとしている!? これではもたない、至急援軍を!!」
一瞬、会議室の張り詰めた空気が部屋を無音にさせる。そこにいた全員の顔から血の気が引いた。ギリギリ均衡を保っていた戦局が斜陽のように傾きかけているのは明らかだった。
少年は厳しい表情で席を立ち、声を上げる。
「軽騎隊に伝令を。動ける者は直ちに出撃を要請します。まだの者は整い次第エレメントで出撃。目標は前線部隊の救援及び前線の維持です」
少年は周囲を見渡しながら続ける。
「重騎隊やその他全ての隊にも、緊急の出撃を要請します。もちろん、我が国だけではなく、各国に要請してください。出撃次第、追って詳細は伝えますが、まずは第二防衛ラインへ向かうようにと。ヨミゴエが第三防衛ラインを突破するのだけは阻止しなければなりません」
掻き混ぜたように、その場の者たちが慌ただしく動き始める。
少年は傍に控えていたエデュケウスに声をかけた。
「グランディネール殿と連絡が取りたい」
「は」
エデュケウスは頷くと、静かにその場を去った。
少年は椅子に座る。
眼前の机上には空域地図が広げられており、その上に駒が置かれている。ほとんどの駒はアレスローヴェンにあり、第二防衛ラインに二つの駒があるだけだ。
カマラド一人と監視部隊。
相手は、三体のヨミゴエとそこからあふれ出る数多のヨミ。そこに、四、五とヨミゴエの数が追加される。このように一気にヨミゴエが出現するとは、ただ事ではない。
机の下で、少年は拳を握った。
エレメントとは、二人編成(最小の戦術単位)のことです。




