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ソラリコ  作者: 春鳩るい
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真・ヨミゴエ4

 傍で浮かんでいる花の槍はいつの間にか花の形に戻っていた。少しだけ黒く汚れた指先で花を掴む。髪に花を差し直すと、少女は騎士たちのいる方角へと走り出した。

 ヨミゴエがいなくなったので、騎士たちを襲っていた黒いヨミも弱っているだろう。

 それでも何かが気になり、少女は急いだ。


「大丈夫ですか!」


 集合している騎士たちのところへと飛び込む少女は、皆の顔を見回る。


「ああ、白銀の切っ先殿。何とか大丈夫です」


 残っていたヨミを剣で切り裂き、疲れた表情をしながらも少し笑う赤い髪の騎士が答える。その腕には赤黒くただれたような痕があった。

 ヨミによる度重なる攻撃で防衛術式は破れてしまったのだろう、どの騎士やソラニルも同じように傷付いている。

 あれだけヨミゴエに手を突っ込んでいた少女であるが、その手の防衛術式は未だ破られていない。指先は少し黒く染まっているものの、あの少年の防衛術式のレベルが高いのに足して、彼女自身の防御力が高いからだと思われる。


 少女は腕を抱き締めるようにクロスして頬に手を添え、騎士やソラニルへ治癒術式を行った。青白い光の粒子が飛ぶ。

 治癒術式が終わるとすぐに防衛術式も行った。和らぐ痛みに眉間の強張りを緩める赤髪の騎士は、再び付与された防衛術式について首を捻る。


「これは? ヨミゴエならもう……」

「いえ、今日はおかしい。この人数でここに留まるのは危険です、第二防衛ラインまで下がりましょう」

「えっ、第一を捨てると?」


 騎士たちはざわついた。

 ヨミの沼の場所からアレスローヴェンまでの空域で、第一防衛ライン、第二防衛ライン、第三防衛ラインで区切られた戦略区域があり、第一防衛ラインは最もヨミに近い区域だ。通常ならば、ヨミの沼から第一防衛ラインまでの第一区域、もしくは第一防衛ラインから第二防衛ラインまでの第二区域でヨミと対峙することになっている。

 今のヨミゴエも第一区域内で片付いたのだ。それを、第二防衛ラインまで後退しなければならないとは何故だろう。


「嫌な気配が消えないのです。下がって、他の部隊が到着するのを待ちましょう」


 胸の前で手を握る少女の顔つきは厳しい。

 この場にいる騎士たちは監視部隊所属の精鋭揃いだ。彼らは最前線でヨミを監視し、中央司令部への報告と共に後続の到着まで前線を持ちこたえさせる任務を担っている。今のカマラドの言葉は任務を放棄する進言だ。

 だが、カマラドがこの戦域の不安定さを訴えているのだ。カマラドの感覚は戦局を握る重要な手がかりである。前線を保てなくなるとはいえ、ここでカマラドの助言を疎かにして部隊が潰滅してしまうことは避けたい。

 少女と会う直前に向かわせた伝令鳥からの報告によると、他の部隊はもう少ししたら出撃できるとのことだった。部隊が到着するまで今しばらく持ちこたえる必要がある。


「白銀の切っ先殿の意見に賛成です。ぼくも、悪い予感がします」


 唐突に告げたのは淡い緑色の髪をした騎士だった。彼の感覚が鋭いことは以前から騎士たちの間で周知されていた。彼の話によれば、何となくという漠然とした直感らしいのだが、それによって部隊が危機から脱している事実がいくつもある。

 彼がそう言うのならば他の騎士たちから反意も出ないだろうと、赤髪の騎士は彼女の意見に同意した。


「分かりました。第二防衛ラインまで後退しましょう」


 決定後、騎士たちの動きは迅速だった。監視部隊の動向を伝えるために中央司令部に伝達鳥を向かわせると、隊列を整え、後退を開始する。

 少女は隊列の最後尾についた。


 雨が強くなり、闇が深くなる。

 一層、視界が悪くなり、遮るもののない夜空はより不安定さを増した。

 いつもならば、星に紛れて一等星のように輝くアレスローヴェンの島が見えるのだが、今宵はほとんど見えない。

 少女は青白く発光しているので目立つ以外の何者でもないが、騎士たちは暗闇でも見えるように訓練されているとはいえ、騎獣の鞍についている淡く光る鉱石でお互いの位置が何とか分かるくらいの闇の中だった。


 防衛ラインは、そのライン上に浮かぶ光源術式による微かな光のサインと風の玉の羅針盤によって位置を把握する。

 この天候で光のサインは見えづらくなっている。羅針盤と騎獣の感覚が頼りだった。


 ぞわり。


 唐突に少女の首筋が痺れた。

 振り返ると同時に、周囲の騎士から声が上がった。


「ヨミに動きあり!」


 ヨミの沼がざわめいている。黒い腕の蠢きが止まらない。

 次の瞬間には数多の腕が突き出され、ヨミゴエが飛び出した。たて続けにもう一つ、ヨミゴエが放出される。


「に、二体だと!?」


 騎士が叫んだ。同時に二体出現など前例がなかった。しかも、すでに一体倒している。

 数日に一度、多いときは毎日ということもあったが、一日の出現数は一体というのが今までのヨミの行動だった。

 それが、この短時間で三体。出現がこれで終わりともいえない。

 騎士たちは全員、ぞっとした。


 驚いた少女の瞳に、飛来するヨミゴエの影が刻まれた。すぐに髪から花を引き抜く。

 ヨミゴエは少女たちの方へと向かってきていた。


「迎撃用意!!」


 赤髪の騎士の声が聞こえた。

 隊列の殿で濃い光の粒子が雨に混じって舞い上がる。


 花の槍を構えた少女はぐっと奥歯を噛み、誰よりも早く飛び出した。

訓練されているとはいえ、皆、闇夜でよく見えているなぁとか思ったり。


あ、説明ターイム。

ちなみに、風の玉というのは、ざっくり言うとその地域特有の風の質を持ったシャボン玉みたいなものと思っていただければ。

(最初の頃、城でクゥムーが風の玉で遊んでいます。ほとんどの人間は見えないようですが)

その風の玉の性質を利用した羅針盤によって、飛行船は航路を決めています。



※2021/11/14

戦略区域のところを修正しています。

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