真・ヨミゴエ3
うーん、ちょっとグロいというか、好みが分かれる表現がありますのでご了承くださいです。(R15の所以)
立ち上がる純粋な危険の気配に、ぞっとする。少女はヨミの沼を睨んだ。
先ほどまでの凪いだ水面は何だったのか、今はおびただしい数の黒い腕が沼から出たり入ったりを繰り返している。
この兆候はまずい。今までの経験上、ヨミゴエが出現する直前の動きだ。
少女は手のひらを騎士たちのいる方角に向けてクロスし祈った。光の粒子が舞い、翼がはためく。あの少年が祈ってくれたのと同じように、騎士やソラニルの無事を願う。すでに付与されているが、少女の防衛術式の方が強ければ上書きされるはずだ。
防衛術式の行使の最中、ヨミの沼からは黒い腕が一斉に突き出される。次の瞬間には、すでに空高く黒い塊が飛び出していた。夜空を背景にしても、彼女にはよく見えた。
丸みを帯びた塊は手足を模しているような四つの突起があり、顔と思われる位置には左右に二本の角が生えている。それはたくさんの黒いドロドロしたものを落下させながら飛翔していく。
彼女の瞳の端で捉えた沼の水面はまた静かになっていた。
おかしい。
少女はそう直感しながらも、出現したヨミゴエを優先しなければならないと意識を切り替えた。ヨミの沼から少女まではかなりの距離があるのだが、黒い塊は少女のいる位置を軽々と飛び越えていく。
防衛術式の所作を解した少女は、それに追いつこうと空を蹴って勢いよく走り出した。波紋が空に刻まれ、青白い光の粒子が濃厚な痕跡を描く。
落下してくる塊の屑はそのまま海へと落ちず、途中で浮かび上がってスライムのようにぐねぐねと形を変えながら少女や騎士たちへと飛びかかった。
少女は左右正面から降り注ぐ黒いヨミの雨の中へと突っ込んでいく。手の甲で弾き払い、足で蹴り返しながら突き進む少女の走る速度は落ちない。
黒いヨミは騎士たちにも襲いかかっているだろう。もちろん、彼らも戦えるが、回復役のソラリコがいない状況での長期戦は分が悪い。雨の糸によって、視界も不良だろう。
速攻で片を付けなければならないと感じた少女は、髪に飾っていた花を取る。その花は少女から発せられる光の粒子を飲み込むように吸収していく。みるみるうちに蕾はサイズを増し、頭を垂れていた白い花弁は上を向いて根元までくるくるとその身を巻くと、中から薄氷色に輝く鋭い結晶が姿を現した。細かった幹は幾つかの葉を繁らせながら逞しく伸びる。引き締まった幹は硬く、少女の背丈の三分の二ほどの長さに成長した。
少女は槍の形に変化した花を力強く握ると、軽く後ろに引いてから前方を切り裂くように真一文字に振り抜いた。
青白い光が制する中、ヨミが散る。
前が開ける。
少女はそのまま回転を続けた。
雨粒が切り飛ぶ。
それは、古式ヤタ一式の始まりだった。
この場にいる騎士たちの感覚を研ぎ澄まし、士気を高める一種の興奮剤のような効果がある。
少女はヨミゴエとの対決の狭間に祈りの舞を組み込んでいた。
黒い塊も黙ってはおらず、ぐにょぐにょと蠢く表面から生えた無数の腕が勢いよく少女へと掴みかかっていく。
彼女の目が動く。左二つに、右三つ、少し遅れて正面から太い腕が一つ。
花の槍で左二つを折り飛ばす。同様に右手前二つを折り切り、体が右回転する勢いのまま右足踵で残りの右腕を蹴り飛ばした。
視界に黒い塵が舞う。
着空時に身を屈める。ガッと空の表面を指先で掴むと、波紋が散らばった。
正面上空すぐそこから圧し潰すような手のひらの押し込みがくる。手首を翻し花の槍の下側を前方に向けると指と足で空を蹴り出し、手のひらへと飛びかかる。左に回転しながら柄で黒い腕を叩き払うと、一回転した勢いで上から手のひらを串刺しにした。貫通した先のドロドロの指先がひきつっている。間髪入れず、花の槍を左へと払い、引き裂いた。
着空し、花の槍を回転させながら走り出す。
少女は止まらない。
恐れという単語など知らないと、眼前のヨミゴエを制するまでその視線は揺らがない。
それが、彼女が白銀の切っ先と呼ばれる所以。
何よりも誰よりも先頭に立ち、前を塞ぐものを退ける。
少女としては二つ名など恥ずかしいので呼ばないでほしいようだが、だからといって周囲の羨望と期待からの呼称が消えるわけでもない。
少女はアレスローヴェンの者だ。他国の誰もが彼女の力を羨んだが、同時に、底知れぬ力への畏怖もあった。彼女のような力を持ったカマラドと呼ばれる者たちは他国に数名おり、それぞれが独自の能力でヨミと対抗するためにこの戦場へと赴いている。
ただ、今日だけは違った。
ここには、少女しかいない。
滞空するヨミゴエはさらに数多の腕を突き出す。少女は黒い槍が降り注ぐ中へとスライディングで滑り込んでいく。波紋が乱れ流れ、青白い光の粒子と雨が弾け舞う。少女の後方では黒い腕が巻かれ、彼女の後退を塞ぐ。
そんなことはお構いなしに、少女は飛び上がりながら振りかぶった。ヨミゴエに向け、渾身の力で花の槍を投げる。
光る花の槍は遮る腕を折り、雨の糸を切りながら、ヨミゴエの二つの角の中間に深く突き刺さった。
空の底から響くような唸り声が上がる。塊の四肢が足掻く。
耳を塞ぎたくなるような声だが、止まることのない少女は蠢き絡み合う腕の間をすり抜けてヨミゴエへと近付いていく。唐突に横から押し込んできた腕をひらりとかわして踏み台にすると、足跡をスタンプして高く飛んだ。
少女の眼下にヨミゴエが見える。
恨み節で天を仰ぐ暗いその中心で花の槍が光っていた。その周りを腕が囲んでいるが、近寄れないのかさ迷うばかりの様子だ。
少女は軽く曲げた指先を薄目の下で擦るように左へと滑らせると、その手でヨミゴエを真横に切った。
燃えるように揺らぐ青い瞳を見開く。
威圧で腕がたじろいだのを見計らい、花の槍を目指してヨミゴエへの額へと飛び込んだ。ヨミゴエの表面はぬかるんでいて、そこに立つ少女の足は徐々に埋まっていく。花の槍と防衛術式があるとはいえ、それがいつまでもつか。
少女は両手を構える。手首から生えている光の翼が輝きを増し、放たれる青白い粒子の密度が増した。
両手を振り上げると、花の槍が刺さったヨミゴエの額に力強く突き入れる。
左右に引き裂いた。
粘着質な音と共に黒い穴が開く。
痛み故か喪失故か、おぞましい咆哮に空気が震えた。
少女は怯むことなく再びヨミゴエに手を突っ込む。
そして掻き分ける。
ヨミゴエの屑片が飛び散って彼女の頬を汚し、指先が黒く染まろうとも、同じ行為を何度も何度も繰り返した。
異様な光景の終わりは突然で、目を見開いた少女は穴の中に両手を差し入れ、ゆっくりと引き出す。
その手には、小さなソラニルを抱えていた。
額の両端に小さな角を生やした手足の短い猫のような姿で、彼女の手を広げた三つ分の大きさのソラニルだった。目が覚めたように、ソラニルの大きな瞳がゆっくりと開かれていく。
「もう大丈夫よ」
少女は抱き上げたソラニルにふわりと微笑む。ソラニルは少しぼんやりと少女を見つめた後、笑うように目を細めた。その体が青白く発光し始める。
少女は少しだけ高くソラニルを掲げた。ソラニルの体はさらさらと光の粒子になって夜空に溶け出していく。それと同時に黒い塊も崩れ始め、雨に流れながら舞う灰のように散り散りになっては消えていった。
ソラニルの感触が消失し、指先を解放した少女は光が消えた方向を見て微笑む。
それでもまだ、少女はこの闇夜から解放されなかった。
城のバルコニーでロカがアルタとラズメリアに披露&迷子のソラニルのときの古式ヤタが出てきてます。
技名とか叫ばないので分かりづらくてすみません。




