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ソラリコ  作者: 春鳩るい
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真・ヨミゴエ2

 暗い。星月を隠す雨雲が占める夜空には灯りなどない。

 あるとすれば自分だと、光の粒子を撒く少女は思った。相手から見れば格好の的だろう。


 もう、日は落ちた。

 ただひたすらに闇夜を走る。

 防衛術式のおかげで寒くもないし濡れもしないが、得体の知れない空の臭いのせいか肌がピリピリする。


 ばっと勢いよく少女は仰ぎ見た。斜め上を鳥が高速で飛んでいく。あれは伝令用のソラニルだ。


 指を合わせてダイヤの形を作ると目の前でスライドさせ、索敵術式を行う。ヨミを支点にして扇状に展開している赤い生体反応は五十二を数える。少女は近くのそれに近寄った。


「何か動きはありますか?」


 少女が話しかけた相手は、ソラニルに乗り双眼鏡を覗いている赤い髪の騎士だった。騎士の肩には伝令用の鳥のソラニルが待機している。雨に濡れていないところを見ると、彼らにも防衛術式がかかっているようだ。

 遠方の生体反応もこの者と同じ、ヨミの監視役の騎士とソラニルだった。


 騎士は彼女を見ると眉を緩めた。


「あ、白銀の切っ先殿」

「……。その呼び方、恥ずかしいので止めてください」

「そうですか、格好いいと思いますが。あ、そう、それで気になることが……っと、」


 騎士の体がぐらつく。体を硬い鱗で覆った大きなマンタのソラニルが、落ち着かない様子でヒレや尾をはためかせているせいだった。


「この子、そわそわしているのね」

「ええ。少し前からこいつ、ずっとこうで」


 そう言いながら、騎士は騎獣をぽんぽんとあやすように叩く。

 少女も優しくソラニルに話しかけた。


「頑張ってるのね、偉い子」

「……」

「うん、そうね。私もずっとドキドキしてる」

「……」

「分かってる、ありがとう。もう少しだけ、頑張ってね」

「チチっ」

「あら、ふふ、そうね。もちろん、あなたも頑張っていてすごいわ」


 騎士の肩にいるソラニルも喋り出し、少女にその小さな頭を撫でられて自慢げのようだ。

 いつもながら、ソラニルと話をしている姿は不思議なものだと騎士は見つめていた。騎士自身も共に過ごしているソラニルなら何となく言いたいことは分かるのだが、言葉を交わすことはできない。マンタのソラニルは少女と話したことで少し気が楽になったのか、ブルルっと息を吐いて動きを落ち着かせる。

 少女は騎獣を撫でながら、騎士へと問いかけた。


「それで、気になることって」

「あ、はい。いつもならヨミの沼から、あの気持ちの悪い手みたいなものがいっぱい突き出ているんですが、ここ半刻ほど、全く何もないときがあるんです」

「手が出ていないってこと?」

「そうです。ただ、静かな黒い沼って感じで。すぐにまた手は出てくるんですけどね。念のため、先ほど中央司令部には連絡しています」


 少女は、騎士が双眼鏡を向けていた方角を確認した。周囲を光源術式によって囲われ、その輪郭を露わにしているのは、この闇夜より深い色をした巨大な沼だった。少女の瞳の奥に青白い光の粒子が流れると、更に詳細な形が見えてくる。

 そこは、かつてウルシュトラツカの島があった場所。

 島の崩落以降、周囲にあった柱や床を絡み捕らえたヨミの沼がこの領域を支配している。沼からは数え切れないほどの筋張った腕のようなものが生え、何かを掴もうとしているのか、しきりに辺りをまさぐりながら蠢いている。


「今は動いていますが……いや?」


 双眼鏡を覗く騎士の手に力が籠る。


「ああ、見てください。また、手が消えていく」


 騎士の言う通り、沼から生えていた腕が次々に沼の中へと戻っていく。沼の表面はうねうねと動いているが、ほとんど凪いだ水面のような状態になっていた。

 今までに見たことがない兆候に、少女は押し黙る。

 もっと近くで確認しなければならない。

 だが、まずは。


「……あなたは中央に戻ってください」

「え?」


 少女は沼から目を離さないまま、騎士へと告げる。


「他の監視役の方とも連携して、この領域から出てください」

「えっ、いえ、ですが……」


 唐突な申し出に、騎士は動揺を隠せない。

 中央司令部との連絡ならば、伝令用のソラニルがいる。それに監視役がいなくなれば、それこそ、この領域にはヨミと彼女だけになる。支援の話も出ていないし、緊急出撃の連絡もきていない。もし何かが起きれば、彼女は一人でどうやって対処しようというのか。

 ……いや。

 騎士は悪寒が走る。

 違う。何かが起こりそうだからこそ、彼女は一人で対処しようとしているのだ。監視役の騎士たちに被害を出さないために。

 騎士は首を振った。


「中央司令部に連絡は取りますが、自分たちもここに残ります」


 確かに、カマラドの力は絶大だ。彼女が単身でヨミゴエと渡り合い打ち勝っているところを何度も見ている。一般の騎士がいては邪魔になるだけかもしれない。だが、こんな状況でたった一人にこの場を任せて退却しろというのか。

 案の定、少女は困った表情になる。


「どうか、戻ってください。今回のヨミの動きは私にも分からない……何が起こるのか判断できないの」

「だからこそです。人手はあった方がいい」

「でも、」

「少しお待ちを」


 少女との話を一旦区切った騎士は肩のソラニルを指先に移らせると、その足首に装着している音声をやり取りできる筒形の装置に連絡事項を手早く吹き込み、行けと指示する。羽ばたき浮かんだソラニルは瞬時に飛び去った。


「自分たちのことは自分たちで何とかしますので、あなたは自由に動いてください」


 そう言ってにっと笑みを浮かべた騎士は、赤い髪をなびかせて味方の騎士の方へと飛んでいった。少女は呆気に取られていたが、騎士の思いを感じて微笑む。

 次の瞬間、その微笑みは消された。

ヨミとヨミゴエは似て非なるものです。

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