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ソラリコ  作者: 春鳩るい
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浮遊

 ロカは控え室に戻る気力もなく、バルコニーで立ち尽くしていた。

 戻ったところで、アルタとラズメリアに何と言えばいいのか。

 ロカが治癒術式と防衛術式ができないことに関して、三人で何とかしようと考えていたのに、それも全て泡となってしまった。

 こうなる日が来るかもしれないと心のどこかでは思っていたものだったが、それが現実となると、こうも重たく感じるものなのか。


 セシルの言っていることは正しい。

 現に、アレスローヴェンのソラリコは治癒術式と防衛術式を求められる。最前線で戦う騎士やソラニルの傷を癒し、できるだけ傷付かないようにバリアを張る。それ以外の術式もあれば戦いが有利になるが、是が非でもなくてはならないというわけではない。

 この二つの術式があれば、騎士は戦えるのだ。

 あのときからあの領域を支配したヨミと。


 ああ。

 そうだ、バルコニーを空けなくては。

 ヤタの練習をしていたソラリコたちのことがふいに頭を過った。


 かと言って、どうしようか。どこに行こうか。

 急にどこにも居場所がない気がして、ロカは肩を落とす。

 バルコニーの手すりにもたれて下を向くと、誰もいない小道が目に入った。ロカは怒られるのも承知でバルコニーの手すりに手をかけると、石の床を蹴って手すりを飛び越える。

 誰もいなくなったバルコニーの手すりに、光の粒子が微かな跡を残した。


 ロカは一階の小道に砂塵だけ引き連れて音もなく舞い降りる。バルコニーの下は樹木による小さな迷路になっていた。探検したら、どんなに楽しいだろう。先の見えない直角の壁や行き止まり、もしかしたらどこかに隠された宝があったりして。

 しかし、ロカはそこに足を踏み入れることはなく、そのまま小道を歩き始めた。


 どこに行こうか。

 ぼんやりと歩いている。


 城にはいたくなかった。何となくいられなかった。

 考えがまとまらず、かと言って積極的にまとめる気も起こらなかった。


 どうせなら、このまま町に出てみようか。城から離れて、少し頭を冷やしてきた方がいいかもしれない。

 そうだ。

 この前は結局朝ご飯を食べただけで終わってしまった町の探索を兼ねてぶらぶらと歩こう。今度は一人で少し寂しいけれど、でも、今はアルタとラズメリアに顔を合わせるのが辛い。裏口から出るときに門兵に見られているので、外出したことはいずればれるだろう。


 ロカは当てもなく町を歩く。

 少し狭い道の両端に並ぶ、木とカラフルな布で簡易的に作られている店の前を通った。果物や野菜や香辛料など、色とりどりの食材が並べられた活気のある市場だ。道が軽く埋まるほどたくさんの人が行き交い、思い思いの買い物を楽しんでいる。着の身着のままで出てきたのでお金も何も持っていなかったロカは、ただその景色を眺めて歩いた。


 次に、大通りを歩いてみた。ここには様々な店が並んでいる。

 食べ歩きができるパン生地に生クリームやフルーツを挟んだスイーツからは甘い香りが漂い、ガラス張りのアクセサリーショップやファッションショップからは女の子たちの楽しそうな声が聞こえる。

 思わずアルタとラズメリアを思い出したロカは、困ったように微笑んだ。


 様々な足音、交わされる会話、笑い声。いつもよりよく聞こえると、ロカは思った。

 そうやって音が脳内を満たしても、心に重たいものがのしかかっている感覚だけは消えない。


 うろうろと途方もなく歩き回る。どこをどう進んできたのかも覚えていなかった。


 気が付くと、ロカの目の前には小高い丘があった。今は何もないが、ペテのお祭りが開催されたあの場所だった。いつの間にか、こんな所まで歩いてきてしまっていたのだ。

 良い風の匂いがして、ロカは丘へと登っていった。草原には寝転んでいる者もおり、穏やかな時間が流れている。


 ロカは丘の頂上に立つ。下から吹き上げる風が心地よい。

 そこまで高い丘ではないが、それでも、町の一部を見渡せるくらいの位置に彼女はいた。


 頂上まで登ってきている人はいなかった。目につく物といえば木製のベンチが二つあることだったが、ロカはそれには座らず、直接地面に腰を下ろした。

 彼女の膝丈まで伸びた草が風に吹かれてさやさやと音を鳴らす。くすぐったさと共に土と青い匂いがして、ロカは懐かしさを感じる。


 自分がカマラドだと分かってからは過ごす環境が一変し、あまり草木に触れる機会がなくなったように思う。

 小さな庭はあったけれど、それ以外はシンプルな私室と小さな図書室。後は、会議室と待機室と空。それが、ロカの過ごしてきた場所の全てだった。

 もちろん、待遇は良かった。彼女は、従事していた仕事において要といっても過言ではない存在になっていたからだ。

 そのせいで自由がなかったのも事実だ。

 ただ、その生活も苦痛ではなかった。自分が何かの役に立てていたことはやりがいとなったし、また、現場では割と自由に彼女の意志で物事を判断して動けるように配慮してくれていたことはありがたかった。


 だが。

 それも全て、自分で壊してしまった。


 今回も、壊してしまうのだろうか。


 ロカは空を見上げる。風の吹き抜ける音と感触は気持ちがいい。夕暮れにはまだ時間があった。


 ふいにアルタとラズメリアの顔が浮かんで鼻の奥がツンとなる感覚に、膝を抱えて慌てて耐える。震える肺を何とか落ち着かせたロカは、力なく後ろへ倒れた。土が背中を冷やし、草が視界で踊る。

 ロカは目を閉じると、小さく長い息を吐き出した。


 ……ああ、そうだ。

 夜になったら、クゥムーに話をしなきゃ。

 何て言うかな。

 じゃあ、どこかへ二人で冒険に出かけようって、笑うかな。

土の匂いと草の感触、懐かしいなぁ。

くれぐれも体は冷やさないように。

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