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それは、突然やってきた。
「ロカ!」
呼び声と共に控え室に入ってきたのはセシル。控え室には数名のソラリコがいた。ロカとアルタとラズメリアは席に座って新しいヤタの振り付けについて話をしていたが、真剣な顔をしたセシルの急な登場に部屋の空気が静まる。
「待って、セシルったら!」
セシルに少し遅れて、オハラもやってくる。二人とも堅い雰囲気をまとっており、何事だとソラリコたちに緊張が走る。
セシルはロカに視線を止めると、早歩きで彼女の傍に近寄った。
「……」
無言で見下ろしてくる長身の管理長に、三人は思わず唾を飲み込む。
ターゲットは明らかにロカだ。
「……あの、」
「ロカ、話がある。おいで」
恐る恐る口を開いたロカの言葉を断ち切ったセシルはそう一言告げる。アルタとラズメリアは意図が分からず、心配そうな顔でロカを見つめている。当の本人は、呼び出される理由といえばディンセントに怒られたあれだろうかそれともこれだろうかと、項目がありすぎてどれのことなのか絞れないまま、とりあえず、おとなしく頷いて席を立った。
「セシル」
セシルの腕に手を沿えながら呼びかけるオハラにも、いつになく緊張の色が見える。
「いいから」
オハラを軽く振り切るように、セシルはロカを引き連れて控え室を出ていく。二人の姿を一瞬見送ったオハラだったが、唇を真っ直ぐに引いてその後をついていった。
ロカはセシルの斜め後ろからその顔を見上げる。セシルの表情は、怒っているのかただ真剣なだけなのか判断できなかった。
二人はバルコニーに出る。ソラリコの何人かがヤタの練習をしていたので、セシルはバルコニーの一番奥の端へと歩いていく。L字型の手すりの角にロカを招き、その前にセシルが立った。他のソラリコたちは、バルコニーの端のただならぬ気配を察したのか、踊りを止めて二人の方を見ている。少し距離が離れているので、声は聞こえないだろう。
「さて、ロカ。君を呼び出したわけだが……単刀直入に聞こう」
セシルの唇が一瞬引き締まる。
「君は、治癒術式と防衛術式ができないそうだが、それは本当なのか?」
言葉に打たれて、ロカの視界がぶれる。
彼女の瞳が大きく見開かれる。
ああ、と感嘆の思いが心の中で木霊した。
ついに、このときがきた。
「はい」
「……そうか」
瞳を閉じ、セシルは溜め息を吐いた。
「セシル」
オハラの声が飛び込んできた。
「ねぇ、ちゃんと話をしましょう」
「君の話は聞いたし、これからロカにも聞こうとしている」
「いえ、聞くだけでは、」
「オハラ。ロカと二人で話がしたいんだ。君は席を外してくれるか」
「……っ」
セシルの真っ直ぐな視線がオハラを貫く。一瞬、音が消えた。その場では、空の青さばかりが主張していた。
「……分かったわ」
悲しげな表情でセシルとロカを見つめたオハラは頷くと、ロカに何か言いたそうに唇を噛みながらバルコニーから出ていった。他のソラリコたちもオハラに促されて退出したようで、バルコニーは二人だけとなる。
セシルはロカを見る。これから何の話になるのか分かっているのか、ロカは微かに下を向いて黙っていた。
「ロカ。ソラリコには、治癒術式と防衛術式を行える力が最低限必要だと知っているね?」
「はい」
「でも、君はできないと言う」
「はい」
「確かに、現在のコハントルタのソラリコは、医療関係は別として、治癒術式も防衛術式も使う機会がほとんどないかもしれない。でも、本来、ソラリコというものは、空の平和のために、ときには戦いの前線に身を置かなければならない。騎士をサポートし、空の安寧のために舞う。そんな場に、治癒術式と防衛術式ができないソラリコがいたとしたらどうだろうか」
「はい」
「オハラは言っていたよ。ロカは治癒術式と防衛術式はできないけれど、その他の術式に関しては素晴らしい出来だって。できないものを見るのではなくて、できるものを伸ばして起用するべきじゃないかって。彼女の言いたいことは分かる、治癒術式と防衛術式以外の術式を順くできる者なんて、私も会ったことはないからね」
「はい」
「だけど、それとソラリコとして従事する者は別の話だ。繰り返すが、ソラリコは、有事に術式で空を平和に導くことができる者でなくてはいけない。最も必要とされる治癒術式と防衛術式ができなければ、周囲の者を危険に晒してしまうかもしれないんだ」
「はい」
淡々と頷くだけのロカに、セシルは再び溜め息を吐いた。
「だから、その……ああ、私は上手く言えない人間だから、単刀直入に言おう」
その言葉で、ロカが顔を上げる。
セシルと目線が繋がった。
「ロカ。君は、ソラリコには向いていない」
ロカは微動だにせず、静かにセシルの声を受け止めていた。
ただ、彼女の瞳の奥が微かに揺らいだように見えた。
「……厳しいことを言っているだろう。でも、現実だ。君がこのままソラリコを続けられるのか、そのことをよく考えてみてほしい」
「……」
「すぐに答えを出さなくてもいい。君の決意が固まったら、教えてくれ」
それは、限りなく解雇通知に近い言葉。
「……はい」
ロカは頷いた。
頷くしかなかった。
何を見て、何を見ないか。
重きを置くものはどれか。




