小さな幸せに触れる
アクセサリーの棚やケースに挟まれた通路は狭く、アルタはサラシーラを誘導しながら奥へと進む。エルシアンもあまりこういう店には行かないのか、珍しそうにアクセサリーを見渡している。
「あら、アルタちゃん、いらっしゃいませ」
アルタに声をかけたのは、ここの店主の女性だった。柔らかいふわふわとした黄緑色のウェーブの髪を緩く崩した編み込みにし、耳元にはピンク、白、黄色のガラスで彩られた丸い大きめのイヤリングをしている。
「こんにちは」
知り合いなのか常連客なのか、アルタは店長へと気さくに手を挙げて挨拶をしながら、店の奥に置かれているアクセサリーの棚へとサラシーラを誘う。初めての場所で緊張しているのか、サラシーラは連れていかれるまま少しそわそわしながら花の香りを嗅いでいる。
「ぼくがお勧めするのは、この辺りのアクセサリーかな。例えば……、」
そう言ってアルタは花の飾りが付いたヘアピンを手に取ると、サラシーラの手に置いた。サラシーラはそっと指先で感触を確かめる。
「紫色の花が幾重にも咲き緑色の葉が繁ったヘアピン。ガラスを重ねた花びらを花束のようにして置いているから一輪ずつは小さくても主張されてるし、三枚の花びらがそれぞれ細いチェーンでぶら下がっていて、揺れるとかわいいんだー。あと、」
アルタは花のヘアピンを受け取ると、別のアクセサリーをサラシーラに渡す。少しサラシーラのフードを持ち上げ、左のこめかみ辺りに花のヘアピンを留めながら言葉を繋いだ。
「それは、水色から青色のグラデーションになった透明な涙型の石と、ぶら下がった金色の円形の飾りが水と波紋をイメージしてるヘアピン。涼しげで綺麗な印象と色合いが、サラ様に合うと思います」
花のヘアピンとサラシーラの髪を整え、エルシアンにも見えるようにフードの角度を調整する。
「うん、かわいい」
「サラ様、よくお似合いです」
にっと笑うアルタと今にも拍手しそうなエルシアンに、サラシーラの頬が微かに染まる。彼女は照れながらヘアピンを触った。
「あ、さっきからヘアピンを渡しているのは、サラ様の髪にもつけられるし、フードにもつけられるからいいかなって思って。ほら、こうやって」
アルタはサラシーラのフードを目の位置が隠れるように深く被し直すと、フードの襟元に水と波紋のヘアピンを差した。
「んー、服の素材がもう少し薄かったらもっとつけやすいかな。洋服にもつけるなら針付きのピンがいいと思うけど、サラ様危ないですよね。服が白でシンプルだから、こうやってつけるのもかわいいかなー」
「おおー、ほうほう、なるほどー」
「やだ、エルったら。何だかおじい様みたい」
素直に感嘆の声を出すエルシアンに、サラシーラは思わず笑った。
「では、次はエルさんのを」
「え! いやいや、私のは構いませんからっ」
急に慌てるエルシアンに、サラシーラは寄り添う。
「うふふ、いいじゃないっ。あなたも似合う物を探してもらいなさいな」
「ええっ? し、しかし、私は護衛騎士で……」
一般人に紛れている状況を思い出したのか、護衛の言葉の辺りで極端に声量が小さくなって尻すぼみになる。
「女の子に騎士も姫もありませんよ。ていうか、ふふ、一般の方ですしね。あ、こういうアクセサリーが嫌いでしたら無理することはないのですが」
「い、いや、嫌いというわけでないのだが……」
「あら、だったらいいじゃない」
「は、はぁ」
きっと、姫を守る立場の護衛騎士がチャラチャラと着飾ることがはばかられるのだろう。だが、今は一般人だ。
サラシーラの割と強引な勧めもあって、エルシアンの手にアルタからアクセサリーが渡された。
「エルさんは濃紺の髪色だし、きりっとした印象だからシンプルに金色のみはどうかな。その代わり、蝶の形をした針金細工が細かくて綺麗でしょ」
「わ、私に似合うかどうか……」
アルタはエルシアンから蝶のヘアピンを取ると、サラシーラと同じように左のこめかみ辺りに差した。
「うん、似合ってる」
「そ、そうですか」
「待って」
サラシーラはエルシアンの頬や前髪、そして蝶のヘアピンへと優しく触れていく。
「ふふ、ちゃんと見られないのが残念だけど、きっと素敵だと思うわ」
「あ、あのっ、その、あ、ありがとうございます……っ」
こういうシチュエーションに慣れていないのだろう、エルシアンは耳まで赤くしながらサラシーラの言葉を受け取った。
「しかし、金色って……少し派手ではないですか?」
「えー、そんなことないと思うわ」
「んー、気にされるのなら、髪の毛と似た色の黒にして、実はよく見たらオシャレしてたって感じの隠れ上級者風にしてもいいですね」
「じ、上級者って」
「あら、ふふっ、そういうのもいいわね。じゃあ、私もエルとお揃いにしてみようかしら」
「ええっ!」
「いいですね、それ。サラ様は金色、エルさんは黒色で、二人して隠れ上級者になると」
「うふふ、面白いわ」
「サ、サラ様ーっ」
サラシーラは楽しそうに笑う。
こういうことなのだ。アルタは思った。
どのアクセサリーが似合うかを探し合うのもよし、気に入ったアクセサリーが見つかったらそれもよし、たくさんあって悩んで相談するもよし、買う買わないはこの際重要ではない。
こうやって他愛なく笑い合うことができる状態が、どんなに幸せか。
サラシーラの笑顔を微笑みながら見つめるアルタに、エルシアンが話しかけた。
「アルタ殿」
「……殿は一般ぽくないですけど、はい」
「このアクセサリー、誰か知り合いの方が作っているのでしょうか?」
「えっ、どうしてそう思われたのですか?」
「いや、これだけたくさんのアクセサリーがある中で真っ先に部屋の奥のこのアクセサリーを目指したので、何かあるのかと思って」
アルタは目を丸くする。さすが護衛騎士だ、何だかんだでよく見ている。
考えてみれば、サラシーラの姫という立場上、贔屓してもらおうと色々な人があれこれ自分たちの品をアピールしてくるだろうから、いつも傍にいる護衛騎士はお見通しなのだろう。
いたずらがバレた子のように、アルタはペロリと舌を出した。
「分かりますか。いえ、隠してたわけではないのですが」
「まぁ、アルタさんのお知り合いが作っていらっしゃるのね?」
「はい。この辺りにあるアクセサリーのデザインを、姉が」
「ほう」
「あら、お姉様が! それって素敵。アクセサリーを見ることができないのが本当に残念」
そう言って少し眉を寄せるサラシーラに、アルタは微笑む。
アルタとしては、別に姉の作品を購入してもらわなくてもよかった。店の人には悪いが、触れてもらうだけでよかった。
そう。姉の作品を自慢したかっただけなのだ。
「ありがとうございます。サラ様に楽しんでいただけただけで、姉も喜んでいますよ」
「そうかしら」
「ええ、お世辞ではなく本当に。それに、姉の作品で誰かが楽しいひとときを過ごしてもらえるのは、ぼくも嬉しいです」
「それならよかったわ。私、今、とても楽しいもの」
サラシーラは身につけたアクセサリーにそっと触れる。
「こうやってお話ししながらアクセサリーを選ぶのってこんなにも楽しいものだなんて。想像していたよりももっと素敵だったわ。アルタさんもお姉様もエルも、教えてくれてありがとう」
サラシーラの柔らかい微笑みにアルタは笑い返し、エルシアンはぐっときたようで若干目がうるうるしている。
サラシーラの笑顔とアルタの姉の笑顔が重なる。
姉さん。
親とか医者に怒られるんだろうけど。
でも。
姉さんをもっと外に連れ出していっぱい遊べばよかった。
もっと、楽しい思いをしてもらえばよかったな。
今更だけどね。
ああ。
ごめんって言ったら今度は姉さんに怒られるんだろうけど、ふふ。
ごめん。
何が良くて悪くて正しくて間違ってるなんて分からないけれど。




