当たり前のこと
アルタは町の中を歩いていた。ソラリコの制服を着ているだけで他より少し目立つというのに、今は隣にフードを顔半分まですっぽりと被った白いロングワンピースの女性と、周囲に気を配りながらきりっとした真剣な気配の三人組がいて、この一向の尋常じゃない特別感は余計に目立ってしまうのではないかと、アルタは内心冷や汗を掻く。
そんなアルタの心配を露知らず、サラシーラは匂いを嗅いだり音を聞いたりして楽しげなのは言うまでもない。
「あら、エル。何だか甘くておいしそうな香りがするわ」
「そうですね、サラ様。ああ、果物をたくさん使ったタルトの店があるようですよ」
「まあ、こちらからはとても綺麗な音が聞こえるわ」
「なるほど、あちらの店では水を使った透明な楽器を売っているようですよ」
「……」
何だかんだ言って、エルシアンも町の散策に割と乗り気のようだ。二人の話を聞きながら、複雑な表情のアルタは唇を真一文字に引き結ぶ。
どうしてこんなことになってしまったのか。ペテの出演時間まではまだ余裕があるものの、出演が初めてのロカとのやり取りも必要だろうし、気になる出店のチェックもしておきたい。
アルタは遠い目をしながら、ここで悠長に時間を使っている場合ではないんだけれどなと呟いた。
アルタたちは雑貨屋や陶器屋や食べ歩きの店など、こじんまりとした店が両側に立ち並ぶ細い裏路地を歩いていく。少し遠回りにはなるが、あまり大通りを通らないように道を選んだ。この裏路地を抜けて西に向かえば、エアロトランの駅がある。
そこで、サラシーラがふいに足を止めた。
「何だか、女の子たちの賑やかな声が聞こえるわ」
「ああ」
そう頷いて、アルタはすぐ斜め前の店を見る。
「すぐそこに、かわいいアクセサリーのお店があるんです。コハントルタの女の子に人気のお店なんですよ」
「まあ、素敵! ぜひ、案内していただきたいわ」
「サラ様、さすがに店に入るのはいかがかと」
「いいじゃない。少しだけ」
従者にあまり迷惑をかけない方がいいのではと思ったアルタだったが、サラシーラの次の一言で考えを変える。
「だって、私、一度そういうお店に行ってみたかったのですもの」
かわいいアクセサリーや洋服、雑貨においしいスイーツ。外には心が踊るたくさんのものがある。
だが、行きたいのに行けない。一般的に当然なことが当然ではないこともある。体調や立場上など、如何ともしがたい理由があるだろう。そこに行けない場合、誰かが擬似的に持ってきてくれたりはあるだろう。
しかし、実際その場に立ち、楽しそうな空気に浸り、自分もその一部に交ざりたいのだ。それが叶わないことが、どれほど寂しいことか。
有無を言わせない微笑みでエルシアンを制したサラシーラは、アルタの腕に軽く触れる。
「さあ、行きましょう」
「ええ、もちろんです」
アルタは笑った。エルシアンを見ると肩を竦めるだけでそれ以上の抵抗は見せなかったので、アルタはすぐに店の前まで歩き始めた。ペテの前に思わぬ寄り道をすることになったが、この店ならば良いと微笑む。
アクセサリーの店は白い壁にドアや窓の縁を薄いミントブルーで彩った、小柄で淡い雰囲気の店構えをしていた。大きな窓から見える店内にはところ狭しとアクセサリーが置かれ、開かれた窓やドアから女の子たちの楽しそうな声が聞こえてくる。
「あ、それとお願いが」
アルタはエルシアンたちに声をかける。
「ここは小さなお店ですから、こんなに大人数で入れません。お付きの方はエルシアン様だけでお願いします」
「いや、それは、」
「あら、アルタさん、さっきもお伝えしたけど、エルシアン様ではなくてエル。私もサラよ」
サラシーラは唇に人差し指を当てて微笑む。外では本名で呼ばないということだった。
「あ、そうでしたね。では、エル……さん。お店には一般の女の子たちがいますし、大勢での入店はご迷惑になりますので」
「しかし、」
「お願い」
サラシーラは少し悲しげな声で両手を組む。騎士たちが怯んだのが分かった。眉間に皺を寄せるエルシアンは額を押さえながら言った。
「……分かりました。でも、五分だけですよ」
「まあ、ありがとう!」
何だかんだで、皆、姫様に甘いんだなと、アルタは表情を変えないまま心の中でニヤリとした。
「さあ、行きましょうっ」
サラシーラは嬉しそうだ。開かれたミントブルーのドアを通ると、優しい花の香りに包まれる。花の形をした暖色の吊り下げライトが、ところ狭しと置かれたたくさんのアクセサリーをキラキラと輝かせている。
ピアスを振ってキラキラの光を確かめたり、指輪をはめてみたり、二つのネックレスを見比べて悩んでいたり、女の子たちはそれぞれ楽しげにアクセサリーを探していた。
サラシーラは入ってすぐに立ち止まり、音や匂いや気配を感じているようだ。
「ねぇねぇ、あの制服、ソラリコよ」
「ホントだ、あの子かわいー」
アルタはその声に気付いたのか、話をしていた女の子たちに笑って手を振ると、女の子たちは小さく黄色い声を上げて恥ずかしげに笑い合っていた。
「コハントルタでは、ソラリコは国民と距離が近いのですね」
エルシアンの呟きに、アルタは頷く。
「昔は公の行事にしか出なかったりして硬派だったそうですが、ソフィアンネ様が、ソラリコは国民に寄り添う隣人のような存在であるべきだと改革していった結果です」
「なるほど、ペテにソラリコが出演するのもその一環というわけですね」
「はい。他にも、奉仕活動をしたり病院関係に訪問したりもします」
「素晴らしいわ、私もその考えに同意します。私の国でのソラリコは、国民の方からするとまだまだ公の遠い者たちという感覚だと思いますもの。見習わなくては」
サラシーラは自国に想いを馳せ、頷きながら微笑んだ。
サラシーラ様のお願いの攻撃力は半端ないです(騎士談)




