どれも彼女
「……あー、」
唐突なディンセントの声に、ロカは目まぐるしくあちらこちらに向けていた視線を彼に合わせる。
「お前、町でソラニルを助けたんだってな」
「うん。結局は、私も助けてもらったけど」
「何かその、変な奴に捕まりそうになったとか」
「あー、うん、多分」
ロカはけろりとした表情で言うので、ディンセントは思わず眉を潜める。
「お前……もうちょっと危機感とか持てよな」
「え?」
何故と聞き返してきそうなほどぽかんとしているロカを見ていると、ディンセントは段々イライラしてきた。
「だから、何かあったら危ないだろうが」
「あ、心配してくれているのね」
「いや、違っ……わなくないような違うような、あー、だからっ、周りを気にしなさすぎなんだよ。ぼんやり歩いてるんじゃねぇぞ」
「うん? ちゃんと前見て歩いているわ」
「違う! 要するに、変な奴がいないかとか注意して過ごせって言ってるんだよ」
「ええ、うん。分かってる、大丈夫よ」
ロカはにこりと笑った。絶対に分かっていないと、ディンセントは直感する。
「……」
「あれ? 信用してくれていないのね」
「そりゃそうだろ」
「もう。大丈夫よ、大丈夫」
ジト目でロカを見続けるディンセントに、彼女は破顔した。
「ふふ、心配してくれて嬉しい」
「いや、そういう、」
ふっと、ロカの気配が変わる。思わず、ディンセントは口を止めた。
「大丈夫よ、私」
ロカの目は笑ってはいたが、その奥に何か得体の知れないものがあるような感じがした。神秘的な光の煌めきと、恐ろしい獣のような色と、どこか達観した揺らぎ。
ディンセントは彼女の目に釘付けになる。たまに感じるこれは何なのだろう。
「私、案外強いんだから」
目を細めて、ふふっと笑う。彼女からその気配が消えた。
押し黙ったディンセントへ、ロカは再度話しかける。
「それより、ねぇ、ペテってすごいのね。楽しいことがたくさん起こりそうでわくわくするわ」
「……小さいだろ、この祭りは」
「そうなの? 私、こういうのって初めてで」
「パダガトはこんなもんじゃねぇぞ。町中が祭り一色になるんだ」
「そうなのっ? うわー、楽しみ!」
先ほどの目には、もうキラキラした期待の輝きしか見えなかった。ディンセントとの話もそこそこに、ロカは、屋台から流れてくる香ばしい匂いを嗅いだり、ステージの組み立てのチェックをしている人や楽器を運んでいる人を眺めたりしている。祭りに興味津々らしい。
こうやって祭りで小さな子どものような反応を見せている少女と、あの得体の知れないものを宿したような目をする少女。どちらも彼女なのだろうが、伸ばした手が届く届かないの境界線が非常に曖昧に感じる。
ソフィアンネの、ロカへの気のかけ方が一般とは違うのは、それこそ、ロカが特別な存在だからということなのだろうか。
『何かあっても、お前はロカの近くにいてやれ』
ソフィアンネの執務室からの去り際に、彼女からそう告げられたことを思い出す。
傍でしっかりと護衛しろということだろうか。
意味がよく分からなかったが、ソフィアンネの微笑みが若干引っかかる。
ディンセントは、ロカの過去が気になった。
彼が知っている情報は、ロカがアレスローヴェンから来たこと。
ソラリコになりたかったこと。
クゥムーとかいうヨロイクジラのソラニルと仲が良いこと。
重いものを担ぐ力があること。
ヨロイクジラの王の件や迷子のソラニルの件など、やたら問題ばかり起きること。
あとは。
落ちるウルシュトラツカで、友だちを探していたこと。
そこで、黒くて気味の悪い何かと誰かに会ったこと。
「……これだけでは分からん」
ロカは特別な人間。それで済ましてしまっていいのかもしれないが、ディンセントは一度気になったことは納得しないと気持ちが悪くて仕方がない質だった。
隣に本人がいるのだから、聞いてしまえばいいのではないか。そう考えたディンセントがぱっとロカを見ると、そこに彼女はいなかった。慌てて見回すと、少し離れたところで何人かと話をしている姿を発見する。
「ちっ……あいつは言ってるそばから」
話し相手はペテに出演する演奏者たちだろうか、楽器を持っているのでなまじ変な人物ではないようだ。ディンセントは頭を振りながら、苦い顔でロカを睨みつけた。
ふいに、演奏者の中の一人が笑いながら弦楽器を弾き始める。テンポの良い明るい音楽だった。ロカは軽く足でリズムを取ると、いきなりその場で踊り出す。驚いたディンセントは、思わず眉間の皺を解いて目を丸くした。
ロカは両手を挙げながらリズムに合わせて足を鳴らし、緩急をつけて回転する。リボンとスカートが舞う。笑顔の正面に下ろされていく指先は撫でるように柔らかく揺らぐ。その指先からふわりと金色の光の粒子が流れ、ロカの手と足から光の翼が姿を現した。彼女が舞う度に光の粒子が空間を埋めていく。
他の演奏者たちも軽く歓声を上げ、次いで演奏し始めた。ステージ裏は急に華やぎ、他で準備している者たちからも楽しげなかけ声がかかる。立ち尽くすディンセントは、微かに口を開けたままぽかんとその様子を眺めていた。
ほんの僅かな時間で、そこはロカの独壇場となっていた。手足の軌跡をなぞる光の粒子は輝きを増し、演奏と阿吽の呼吸でセッションしていく。笑顔のロカは、本当に楽しそうに踊っていた。祭りに喜ぶ子どものような彼女でもなく、得体の知れない彼女でもなく、純粋な踊り子としての彼女がそこにはいた。
『だって私、ソラリコになるためにこの国に来たのだから』
出会った頃のロカの声が響く。
ソラリコは、ヤタという特別な踊りで他の者の手助けをするものだ。幸いなことにコハントルタは平和で、一部の騎士は他国へ遠征しているが、ソラリコたちが戦場に赴くことはない。踊りを楽しむためだけの職業ではないものの、エンターテインメントの一つとして、こうやって町の人に親しまれるのもいいことだろう。
ディンセントは小さく溜め息を吐いた後、微かに笑った。
その場のノリでセッションできるのってかっこいい……!




