ペテに向かう
今日は休日ということで、朝から町は賑やかだった。店は開店の準備を始めており、心地のよい陽気と様々な声や音が混じったテンションの高いざわめきで自然と心がわくわくしてくるものなのだと、ロカは感じていた。
ラズメリアは、きょろきょろと辺りを見回しているロカに気付くと微笑んだ。
「うふふ。ロカちゃん、お、踊りが終わったら、色々お店をみみ見に行こうね」
「うん」
物珍しげに周囲を見ていたことに気付かれたのが気恥ずかしかったのか、ロカは少し頬を染めながら頷く。
コハントルタ城から港へと繋がる南北のメインストリートには、エアロトランやエアロビクロスと呼ばれる乗り物が飛んでいる。飛んでいるといっても飛行船のように自由に空を行き交うわけではなく、数十センチ道から浮いて移動しているものだ。
エアロトランは公共の乗り合いの車で、エアロビクロスは個人の小型の車を指す。ただ、個人でエアロビクロスを所有する者は少なく、稼動台数は少なめだ。
ハイエフは特殊飛行車両としてエアロハイカーを改造しているので空を渡れるが、それ以外の乗り物は飛行用に製造されていないので出力が弱く、改造でもしない限り空を渡ることはできない。
今回、ロカは初めてエアロトランに乗った。濃緑色と茶色と金色で塗装されたレトロなエアロトランはゆったりと進む。車内は木目調で、赤葡萄色のふかふかなイスが並んでいる。扉のない入口と開いた窓から吹き込む風が緩やかで涼しい。
……自分の力以外で浮くのはやっぱり何だか少し不思議な気分。
ロカは手摺りに掴まりながら、コハントルタへ来たときに乗っていた飛行船の感覚を思い出していた。
エアロトランに少し揺られた後に降りた所は円形の広場になっており、中央に背の高いモニュメントが建っていた。
ラズメリアに促されるまま、町を西へと進む。荷物を運ぶ人たちの間を抜けて細い路地を歩くと、突然、目の前が開けた。そこには小高い丘があった。周囲に建物はなく、丘の手前には広い草原と木々が茂っており、憩いの広場のような場所に二人は到着する。
「ロカちゃん、ち、ちょっと待ってて。き、許可証がないけど、とと通してもらえるか聞いてくるわ」
「分かった」
そう言い残したラズメリアはどこかへと駆け足で去っていった。
ロカは辺りを見回す。広場では左右に別れてたくさんの小さな屋台が軒を連ね、中央にはたくさんの机と椅子が並べられていた。食器の音と共においしそうな匂いが漂ってくる。
机と椅子の正面には、組み立て完成間近のステージがあった。ロカはドキリと胸を打つ。このステージでロカたちは踊るのだ。たくさんの屋台と席から、かなりの人がここに集まるのだと窺い知れる。その光景を思い浮かべるだけで、ロカは頬が熱くなるのを感じた。
「ロカちゃん。き、許可証は後で持っていけばおおオッケーだって。こ、こっち」
「う、うんっ」
ぽかんと立ち尽くしていたロカは少し遠くからのラズメリアの呼び声で我に返ると、彼女に連れられてステージの方へと歩き出した。すれ違う人と挨拶を交わしながらステージの裏に辿り着くと、ラズメリアは置いてあった木箱に荷物を入れながら言った。
「よ、余裕がある時間に着いてよよよかったね……ロカちゃん、き、緊張してる?」
「えっ、あ……うん、ちょっと」
「ふふ、そうよね。わ、私も緊張してる」
「おい」
「ぴゃっ?」
突然背後から低い声で呼びかけられたラズメリアは、肩をびくりとさせて振り返る。不機嫌そうな表情に鋭い目つきと圧力は見覚えがあった。
「あっ、あああなあなたはっ」
「あ、ディンセント」
ぷるぷる震えているラズメリアの前に出たロカは、不思議そうにディンセントを見上げる。
「どうしてここに? ペテに遊びにきたの?」
「俺の着ている服を見ろ、軍服でプライベートを過ごす奴がどこにいる」
ディンセントは眉間に皺を寄せながら、自分の黒い詰襟を引っ張った。
「仕事だ。まぁ、ペテの警備みたいなもんだな」
「そうなのね」
本当は祭りの警備などではなくロカの護衛だった。ペテは人も多く賑やかだが、それだけ注意散漫になりやすく死角も多いので、早速ディンセントの初護衛の任務となった。副団長直々の命令とあっては、しかも彼女のお付きの者たちからの圧力もあれば、受けないわけにはいかなかったのだ。
急にロカに付き添いっぱなしになるのもおかしいので、今日はこういうポジションでやることとなった。これからどうなるんだろうかと、ディンセントは半ば諦めたように半眼になる。
「ディンセントは警備なんだって、ラズメリア」
「けけけけ」
「……そいつ、大丈夫か」
ロカの後ろにくっつき、歯の根が噛み合ってないような喋りをするラズメリアを気の毒そうにディンセントは見た。元来、ラズメリアは男性が苦手なのだが、それに増して、ファーストコンタクト時のディンセントの険しい表情やフェクサーに対して頬を摘まんで黙らせるなどの行為がいささか強い刺激だったようで、恐い人間だとインプットされたらしい。
「おーい」
「ぴゃっ!?」
さらに声をかけられたラズメリアは飛び上がらんばかりの勢いで振り返る。
「君たち、ソラリコよね。ペテの進行の者だけど、踊りについてちょっと打ち合わせをしてもいいかしら」
「はっ、はひっ! じ、じじじゃあ、ロカちゃん、わっ、私、ちょっとお話ししししてくるから、ここで待っててねっ」
鋭い目の青年から距離を置きたいのだろうか、ラズメリアはずれた眼鏡を気にしないまま慌てて進行の人と去っていった。
あからさまに恐がられているんだろうなと察知したディンセントだったが、そういうことは彼にとって日常茶飯事のことなのでスルーする。フェクサー辺りからは、もう少し人当たりのよい雰囲気を出せ的なことを言われるが、無理なものは仕方がない。
ディンセントは、隣でそわそわと周囲を見渡しているロカを見る。当たり前だが、ソフィアンネやディンセントが裏で動いていることなど気付いていないのだろうなと、彼は小さく溜め息を吐いた。
ペテは小規模なオクトーバーフェストのような雰囲気です、わいわい。




