選ばれる理由
星が散らばった暗闇の中。コハントルタ城の屋根の上に、いつもの二人組がいた。
「今日はびっくりすることがたくさんあったのよ」
ロカは、周囲を落ち着きなく飛ぶクゥムーを目で追いかけながら話す。
「ドムトリーエルムの島の子だったかな、ぷにぷにしたソラニルと気高く優しいソラニルに出会ったの」
「ムムっ」
「え? どうしてクゥムーが知ってるの?」
ロカのその言葉を発端として、クゥムーの愚痴が開始された。いつになく饒舌なヨロイクジラを、ぽかんとした様子でロカは見つめる。
「えと……つまり、クゥムーは今、コハントルタの島の主のお手伝いをしているのね?」
「ムーっ」
「え、お手伝いじゃなくて、強制労働?」
「ム! ムムっ、ムー」
「そっか。お手伝いをしていたから、島の主のところに伝わったユルルと私のことをクゥムーも知ったのね。まぁ、島の主からお手伝いをお願いされているのだったら、ちゃんとしないとね」
「ムムムギ? ムムー!」
「え、クゥムーだけなの?」
「ム! ムルルル……」
クゥムーの目付きが悪い。尻尾をぶんぶん振る姿は、明らかに怒っていた。
「ムムム、ムー」
「うーん、クゥムーが頼りにされているってことじゃない?」
「ムーム!」
随分とご立腹のようだ。
クゥムーの話を聞くところによると、クゥムーはコハントルタの島の主に会って、主の島を宿にする許可を得たが、その条件として主の仕事なり用事なりを手伝うことになったそうだ。他にも宿を借りているソラニルはいるのだが、手伝いをすることになったのはクゥムーだけらしい。
「ムムム……」
呟くクゥムーはしゅんと項垂れた。
島の主の手伝いのせいで、クゥムーはロカと会う機会が減っている。今はこうして会えているけれども、日中に動くことが難しくなった。
だから、今回のソラニルの事件も、後から話を聞いて急いで駆けつけたのだ。クゥムーはそれが悔しかった。自分がロカの傍にいたならば、一緒に事件に立ち向かえたのに。
その場にいたのが、リザレオではなく。
「クゥムー……そう、心配かけたのね。ありがとう」
ロカはもちもちした触感のクゥムーの頬を優しく撫でる。そして、軽く肩を竦めた。
「でも、一度受けたお手伝いなら続けないと。島の主からの条件なのでしょ?」
島の主からの指示は、度を超えたものでなければ、その島に留まる限りは受けなければならない。人間に対して指示することは滅多とないが、ソラニルの場合はままあるらしい。
どうやら、遠方に使いに出ることもあるようなので、もしかしたら夜も会えなくなる可能性がある。
何故かこの島の主は、やたらとクゥムーに用事を手伝わせるのだった。
撫でる頬がみるみる膨らむのが分かって、ロカは思わず苦笑する。
「もう、仕方ない子ね」
屋根の縁に座っていたロカは立ち上がった。その頂上はロカの両足を揃えたほどの幅しかなく、風に吹かれる彼女は頼りなく見える。
「おいで」
クゥムーを手招きすると、くるりと身軽に踵を返してロカは歩き始めた。高所で風を遮るものなど何もなく、あるのは星空と暗闇だけ。
細い屋根の上を、ロカは躊躇なく歩く。普通の人間ならば身が疎むところだが、それは空を自由に移動することができるソラリコの慣れというものだろうか。
それでも、宵闇はソラリコにとっても危険な時間である。
ロカはしばらく屋根の上を散歩すると、ふいに立ち止まる。ちらりと下を見た後、少し腰を落としながら屋根を滑り降り、縁まで進む。彼女は何を思ったか、その縁を掴んでするりと屋根から体を降ろした。足が宙ぶらりんになる。そして、そのまま手を離した。
一秒ほどの間の後、小さな足音だけ響かせて器用に爪先から降り立つ。ふわりとロカのスカートが開いて閉じた。
そこは、ソラリコたちがヤタの練習で使っている広いバルコニーだった。
ロカは服装を整えながら、けろりとした様子でその広場を見渡す。夜に浸った石の床はひんやりと冷たい。誰もいない空間は、ロカの独壇場だった。
ロカの後に続いてクゥムーが到着する。急にロカがストレッチを始めたので、クゥムーは首を傾げた。
「今、パダガトに向けて、アルタやラズメリアと考えた新しいヤタを練習しているの。まだ完璧じゃないけれど、最初にクゥムーに見てもらおうと思って」
ロカは組んだ両手を上に伸ばして横に倒しながら話す。クゥムーはぱちくりと目を瞬かせた。
ロカが、ヤタを見せてくれると言う。今まで、いくつかの古式ヤタを見せてもらうことは多々あったが、ソラリコのロカに新しいヤタを披露してもらうのは初めてだ。すぐに尻尾が緩くふわふわと揺れて、クゥムーの機嫌が良くなったことが分かる。
ロカは軽くおどけてクゥムーにウィンクすると、胸の前で両手を組んだ。目を開くと共に両手が解放され、前へと伸ばされる。
ロカとアルタとラズメリアが考えた、パダガト用の新しいヤタの始まりだった。
ロカの髪は、夜の色に負けることなく金色に輝く。スカートの裾が揺れ、胸元の水色のリボンが舞う。
微笑みながら踊るロカは、本当に楽しそうだった。クゥムーに見せるのを口実に、ただ彼女自身が踊りたかっただけなのではないかと思うほどに。
彼女の笑みの相乗効果もあって、クゥムーの心は楽しさや幸せで満たされていく。
ただ、その中の一片がどうしても埋まらない。
どうして、傍にいられないのだろう。
今回だって、そう、あのときだってそうだ。
これだけ近くにいて、何だって話をしてきたのに、どうして、ずっと傍にいられないのだろう。
ふいに、ロカの向こう側に青い毛並みの獣の幻影が見えた気がした。ロカの舞に心浮かれながら、残りの微かな断片が疑問を湧かせる。
どうして、自分じゃなかったのだろう。
それを、誰に問えばいいのだろう。
ああ。
選ばれなかった理由は?
クゥムーなりに色々思うところがあります。




