護衛騎士
「まぁまぁ、そう怒るな、ディンセント」
ソフィアンネの言葉には笑いが含まれている。
ここはソフィアンネの執務室。
ソフィアンネは副団長とはいえ王族であるので、一介の騎士がそう易々と会えるものでもないが、ディンセントはロカに何かあった場合はどうでもいいことでもいいから逐一報告せよと命を受けているため、彼はこの場にいるのだった。
扉の傍にはジョルクシュが、本棚の近くにはグレッサがいた。
「あのソラニルは愚かではない。今回はクゥムーのやつもロカのことが心配だったのだろう」
「そう、ですが……」
ソフィアンネはロカに甘い。ディンセントは苦い顔で応える。
しばらくおとなしくしていると思っていたら、これだ。
それに……。
「……」
「何だ、何か言いたそうだな」
「……あの、ロカは、一体、昔に何があったんですか?」
それは、つい耳に挟んだ情報。
「何とは」
「あいつ、その、ウルシュトラツカって島で、何か事件に巻き込まれていたみたいで」
ソフィアンネは微かに目を見開く。
「ほう。お前、ロカからその話を聞いたのか」
「えっ、あ、いえ……庭であいつと郵便屋がいたので、これは絶対何か問題を起こして城に呼び出されたんだろうと思って問い詰めるために近寄ったら、何だか二人して真剣な話をしていたので、その場に割り込むタイミングを計っていたところ、その、色々と聞こえてきて」
「……つまり、盗み聞きをしたということだな」
「そんなつもりはっ……う、あの……はぃ」
ソフィアンネは残念そうに椅子にもたれた。
「何だ、ロカがお前に話す気になったのかと思ったが、ぬか喜びだったようだな」
ロカがディンセントに話すということは、騎士団のことを信頼してくれる第一歩になるのではないかという期待があってのことだが、どうやら違ったらしい。ソフィアンネは肘置きに肘を突いて、斜に構えた顔を手で支える。
「騎士団より郵便配達士を信頼するか……人の心を捉えるのはやはり難しいものだな」
「……」
ソフィアンネの期待に応えられていない。その心苦しさで、ディンセントの拳に力が入る。
「……などど、私が意気消沈すると思ったか」
「へ?」
ディンセントの丸くした目に、いつもの不敵な笑顔のソフィアンネが見えた。
「郵便配達士が信頼されているのならば、それ以上に騎士団が信頼されればいいだけのこと」
彼女はびしっとディンセントを指差した。
「ディンセント、お前をロカの護衛騎士に任命する」
一瞬、無表情のディンセント。
「っ、えええぇッ!?」
斜め上どころか背後から会話の球を投げられたような話になって、ディンセントはソフィアンネの前で思わず叫ぶ。同時に首を振った。
「おっ、俺は軽騎士で、護衛の任務なんてしたことがありません! というか、何でソラリコのあいつが護衛対象なんですっ?」
その言葉を皮切りに、一瞬にして空気が張り詰める。ディンセントは思わず唾を飲み込んだ。
「ここだけの話だ、いいな」
ソフィアンネは組んでいた足を元に戻すと、机に両肘を突いて手を組み、両手で口元を隠すようにしながら話を切り出した。
「ロカが拐かされそうになったようだ」
ソフィアンネのエメラルドグリーンの瞳が鋭く光る。
「誘拐って……、」
「これは私の推測だがな」
「な、何でですか」
「そこまでは分からん。たまたまだったのか、ロカの素性を知ってのことか……だが、前にも言っただろう?」
ソフィアンネは勿体ぶるよう一呼吸置く。
「あの子は、特別だと」
「……っ」
ロカが誘拐されかけた?
理解できないディンセントは複雑な表情をしていた。
確かに、庭で聞いたあの話が真実ならば、ロカは何かとんでもないものを抱えているように思えるが。
ディンセントに怒られそうになっていつもあたふたしている彼女の表情が映り込む。
……そういや、そんな顔しか覚えてないな。
「事実関係は、現在、調査中だ。それがはっきりするまで、念のためにロカに護衛をつけておこうと思ってな」
「は、はぁ……」
はっと我に返ったディンセントは、慌てて身振り手振りで口を開く。
「いっ、いやいや、だからって俺が護衛騎士だなんて。それに、あいつが護衛対象なら、女性騎士の方がいいんじゃ……」
「うーむ、それは一理あるのだがな……」
ソフィアンネは腕組みをする。ふいに執務室の扉の横で、正面を見据えて立っているジョルクシュを見やった。
「なぁ、ジョルク、」
「私はソフィアンネ様の護衛騎士ですよ」
名を呼び終わる前にお断りの一報を受けたソフィアンネは、軽く唇を引き結ぶ。
一考後、彼女の表情に明るい色が差す。
「ならば、いっそのこと、私が、」
「姫様」
今度は本棚の前にいるグレッサから声が飛ぶ。本を優しく閉じ、眼鏡を上げながらソフィアンネへとにこりと微笑み、それ以上何も語らない。
有無を言わさないプレッシャーによって、またしてもソフィアンネの言葉は宙に散った。
ディンセントは副団長の撃沈っぷりを見て、女性二人の強さに恐れ戦いていた。
「……というわけだ」
ソフィアンネは笑みを浮かべているが、口元が微かに震えているように見えるのは勘違いだろうか。
「ロカについて、あまり情報を拡散させたくなくてな。他の者を探すより、すでにロカの事情をよく知っているお前が適任だと思うのだ」
「……」
「なに、四六時中護衛しろというものではない。城から外出するときだけでいい」
「……」
ディンセントは押し黙る。
ソフィアンネどころか、ジョルクシュやグレッサからも無言の圧力がかかっているように感じて息が詰まりそうだ。
お転婆姫がこれ以上余計なことを言い出す前に承諾しろ、と。
それこそ、この執務室自体からも圧迫感が出ている気がするくらいに。
彼は遠い目をして、魂が抜けるような小さな溜め息と共に返事をした。
「……分かりました」
乙女たちは強いのです。
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誤字報告、ありがとうございます!
こちらでの追記でのお礼となりますが、とても助かりました。




