二人の告白
ウルシュトラツカはアレスローヴェンの北に位置する島だった。
科学技術が極めて発達しており、飛行船やエアロハイカーなど人が空を渡る手段を開発したのも、ウルシュトラツカの開発者だった。
それが、ある日突然、世界の地図から消えてしまった。
島の落下。
人が空で生き始めた以降、前代未聞のことだった。
周囲からは、科学による汚染の影響だとか、それによって島の主が衰弱死したのだとか、はたまた、島の主が科学汚染に耐え切れずに自ら島を終わらせたのだとか、最終的には古の呪いだとか、憶測が憶測を呼んだが、結局、島の落下についての原因は解明されなかった。
それぞれの島は、主と呼ばれる力あるソラニルが一体、守護者として鎮座している。島と主は命を共にしており、どちらかが潰えれば諸共になる。
どちらが先だったのか、それとも同時だったのか。
人が事態に気付いたのは、地震と、それに伴い島が徐々に崩落し始めた現象を目の当たりにしてからだった。島の主と懇意にしている、ウルシュトラツカを統治していた王族の話によると、そのときには主の島も崩壊していて入ることができず、主の姿はどこにも見当たらなかったそうだ。
ただ、島が浮遊する力を完全に失うまで時間があり、王族や公の中枢機関の幾名を除いて島にいた人々のほとんどは島外へ脱出できたらしい。飛行船やエアロハイカーが揃っているウルシュトラツカだからこその手際の良さだったのかもしれない。
「……ぼくはね、この島に来る前の記憶がないんだ。気が付いたら、コハントルタの治療所にいた。ウルシュトラツカから脱出してコハントルタに行く飛行船内で、怪我をした状態で倒れていたらしい。……とうとう記憶だけは戻らなかったよ」
少し下を向くリザレオは、太腿の上に置いたキャスケット帽を握った。
「それを不憫に思ってくれた治療所の人が、働き先としてコハントルタの郵便配達所を紹介してくれたんだ。ウルシュトラツカにはもう戻れなくて、公の機関も離散して機能していなかったみたいだから、ぼくは郵便配達士としてここで生きることを決めた」
「……大変だったのね」
「うん……でも、ここの人たちは親切で仲良くしてくれるから、ぼくはこうして元気に過ごせているよ」
ロカから視線を外したリザレオは、ガゼボの入口で揺れる白い花をぼんやりと眺めた。
「ただ、記憶がなくなる前のぼくはどうしていたのかなって。家族は、知り合いはいたのかな。その人たちは今、どうしているんだろうって、そう考えることもあるんだ」
ロカはリザレオの横顔を見つめる。すぐに返す言葉が見当たらなかった。
遠くから、弦楽器の旋律が薄く滑らかに流れてくる。この場の空気に少し不釣り合いな、テンポのよい曲調だった。
ふいにロカへと視線を戻したリザレオは、相手の表情が存外暗いことに気付く。
「ああ、ごめんね、こんな話をしちゃって。ロカにそんな顔をさせるつもりじゃなかった。ただ、ぼくの過去を聞いて欲しかっただけなんだ」
「違うの」
「え?」
ロカはリザレオを一瞥すると下を向いた。
「……ごめんなさい。私がもっと早く向かっていたら」
「向かうって、」
「私、前はアレスローヴェンにいたの。ウルシュトラツカが落ちるときも……この目で見ていた」
見ていた。
そして、崩れるウルシュトラツカへ走った。
瓦解する島や建物。逃げる人々の声や足音。不均等な空気と濁った風。
鳥肌が立った。
島が落ちるなど考えたこともなかった。
ロカがどうにかできるものではないことは分かっていた。
だけど。
「もし、もっと早く気付いていたら、何かリザレオの手助けになることができたかもしれない」
……そして、友だちを助けることも。
リザレオという名前は、自分でぽんと浮かんだものをぽんと付けたそうです。




