密やかな話
リザレオを城外へ送るのは自分でもできるからと、ロカは途中でジョルクシュと別れた。
城の一階の廊下を、ロカはリザレオと歩く。
ふいに、ロカが小さく笑った。
「どうしたの?」
「ふふ。だって、少し前にちょっと出会っただけだったのに、また出会って、手助けしてくれて、こうしてお城の中で一緒に歩いているなんて、何だか不思議」
「そうかな?」
「そうよ。だって、リザレオ、私のこと名前しか知らないじゃない?」
「あー、それもそうだね」
リザレオは頭を掻いた。
廊下の窓から中庭が見える。休憩時間なのだろうか、音楽を奏でる者やそれに聞き入る者、踊りを練習するソラリコと思われる者もいた。そこは、城で働く者たちが憩う庭園だった。
リザレオは中庭を指差す。
「だったら、ねぇ、少し話をしよう。自己紹介」
「自己紹介?」
リザレオはにこりと笑む。ロカはリザレオの指先からその向こうを目で追った。ああ、ここは不思議な部屋から紙の扉で出た先の庭だったと、ロカは思い出す。
「うん、そうしよう」
リザレオはロカの返答も聞かないまま、中庭への扉を開けた。明るい光を背に、リザレオがロカへと手を差し出す。
自己紹介。その言葉は、ロカの中に少し迷いを生じさせる。
それを知ってか知らずか、リザレオは踏み留まるロカの手を取って、光があふれる明るい庭に連れ出した。
弦楽器の音が庭に舞う。それに合わせてソラリコも舞う。花と緑に囲まれた小さな庭園には、緩やかな風が吹いていた。
リザレオは近くの鳥籠型のガゼボに目を留めると、ロカの手を引いたまま歩いていく。小川に架かる石造りの小さなアーチ橋を渡り、両側に並んだ白い花の群れの中を進む。
遠くで庭師がガゼボに絡まる蔦の手入れをしている。
ロカの鼻先を蝶が掠めた。
ガゼボの入口に咲く白い花は、ガゼボの内側へ誘うようにその首を揺らす。石の床をこつりと鳴らして階段を上がり、中に入る。陽の光を遮り少しひんやりとした空気が滞留するそこは、外の世界から隔離されているような気がした。
円形の鳥籠の縁に沿うようにベンチが設置されており、リザレオとロカは並んでそこに座った。
ソフィアンネに会ったときに脱いで腰に着けていたキャスケット帽のつばがベンチに当たって乾いた音を響かせたので、リザレオは膝の上に帽子を乗せる。
ふわりと風が舞い込んで、リザレオの淡い水色の髪が揺れた。彼はロカに向き直ると、にこりと微笑む。
「では、改めまして。ぼくの名前はリザレオ。郵便配達士をしているよ」
本当に自己紹介が始まったと、ロカは少し困ったように小さく苦笑する。
「えっと、私はロカ。ソラリコになるためにコハントルタに来て、今は、ソラリコとして毎日練習をしているわ」
「ソラリコになれたんだね、よかったね」
「うん……」
治癒術式と防衛術式のことが頭を過り、ロカは歯切れが悪くなる。
「どうしたの?」
「ううん、何でもないの。ねぇ、リザレオはいつから郵便配達士をやっているの?」
「三年くらい前からかな……ぼくがこの島に来たときからなんだ」
「そうなのね、どこから来たの?」
ふいにリザレオは一瞬下を向く。次に顔を上げた彼の微笑みは、どこか影を帯びていた。
「ぼくはね……ウルシュトラツカから来たんだ」
ロカは、はっとしてリザレオの顔を見る。
彼の憂いの意味を知る。
「そう。今はもうない国」
知ることは大事です、うんうん。




