かすめる思い出
話題と空気を変えるように、ロカは少し口早に切り出す。
「そういえば、どうやってリザレオはユルルや私のことを知ったの?」
そう。ロカはまだ騎士団にさえ直接話をしていないのだ。
彼女に分が悪い話を切り替えられたことに少し肩を竦めたリザレオだったが、その新しい船に乗ることにする。
「ロカが他のソラリコと一緒に町を走ってるのを見たんだ。慌ててるみたいだったし、何かを追いかけてるみたいだったし、どうしたのかなって思って。そのときはぼくは配達の途中で声をかけられなかったから、終わってからロカを探した。そしたら、変わった大きなぬいぐるみみたいなのを抱きかかえて走ってる女の子の姿を見かけたって言う人がいるじゃないか。誰かに追いかけられてるみたいだって話も聞いた。これはもう、何かあったんだと思って、とにかく一生懸命探したんだ」
そこまで一気に話すと、リザレオは少しだけ空を見た。飛び去った鮮やかな緑色の影を追っているようだった。
「そしたら、途中でさっきのあの人に出会ったんだ。ソラニルを探してるって。町中でソラニルを探すなんて余程のことだ。ぼくはすぐに女の子が抱えていたというぬいぐるみを思い出したよ。タイミングが合うし、もしかしたらロカと関係があるかもしれないと思って、一緒に探してたんだ」
「そうだったの」
リザレオはロカのことを心配して追ってきてくれていた。この島に来た初日に偶然に出会っただけなのに気にかけてくれている人がいることは、ロカにとってとても心強いものだった。
事がうまく進んだときの若干の疲労感は悪くない。
喧騒が遠くに聞こえる。場所的に午後過ぎには暗くなるであろう倉庫のような広場だが、今はまだ明るく、木箱の間を縫って踊る風も心地よい。
太陽は高く昇りつつあった。カフェでもちふわトーストの甘さを楽しんでいたときが、かなり前だったように感じられる。
少し離れたところにエアロハイカーが停めてある。配達用にチューンアップされ、荷物がたくさん積めるように後部にはボックスが設置されており、サイズが大きい荷物の際にはボックスの後ろにL字型の荷台を開いて積載できるようになっている。ロカの荷物もその荷台に載せて運んでもらったのだ。
ロカは見上げた。上の道まではそこそこの高さがあるようだ。
速度も機動力もある乗り物ではないが、リザレオはそれで町中を探し回り、この高さを飛び降り、ユルルを連れ戻してくれたのだ。それは危険な行為ともいえる。
「あなたって変わってる」
ふっと吐息を混ぜ、ロカはどこか困ったような顔でリザレオに微笑んだ。笑顔に当てられた彼の頬は少しだけ熱を帯びる。
「そ、それを言うなら、ロカだって」
「あら、私は私よ」
「それだったら、ぼくもぼくだよ」
「つまりは、私たち変わり者ってことね」
「うん、似た者同士ってことだね」
犬も食わないやり取りに、二人して笑った。
他愛のない話。風になびくスカートの音。彼女の瞳の中で揺れる薄氷色の髪。
どこか胸が締め付けられるような感覚がするのは、何故だろう。
リザレオは、反射するロカの涙型のイヤリングの光に目が眩む。それは空よりも何よりも真っ青で、眼底深くから脳の奥まで突き刺さるような感覚を受ける。
途端に、彼の腹がぐうと鳴った。
「お腹減ってるの?」
「……うん、配達が終わってから朝ご飯を食べようと考えてたんだった」
ロカまで聞こえたのが恥ずかしかったのか、ふいと顔を背けたリザレオは頭を掻くと、エアロハイカーの座席を開けて紙袋を取り出す。中から、一辺だけ丸みを帯びた四角形のサンドウィッチが出てきた。小麦やライ麦で作られたパンの間に挟まっているのは、レタス、トマト、ゆで卵だろうか。
リザレオは紙袋から半分顔を出したサンドウィッチをロカに傾ける。
「一緒に食べるかい?」
「ううん、私、朝ご飯は食べたから」
首を振るロカはサンドウィッチにかぶりついているリザレオを見て、唐突に記憶の断片が揺さぶり起こされた。ロカの瞳が大きく広がる。
仄暗く青い世界。ざわめきは遠のき、やがて消える。
そういえば。目の前でお腹の音を鳴らしたソラニルと、持っていたサンドウィッチを半分こにして食べたっけ。
小さな体とはいえ、半分じゃ全然足りなかったと思う。それでも喜んでくれた。
私たちはすぐに仲良くなった。ううん、初めて会ったときから、昔から知っている友だちみたいな感覚だった。
あの子はどうしているかしら。
ちゃんと、ご飯を食べているのかしら。
「ロカ?」
「!」
「どうしたの、急にぼんやりして」
「ううん」
もぐもぐと口を動かしながら首を傾げるリザレオは、首を振ったロカを不思議そうに見つめる。
ロカはリザレオから視線を外すと、何とはなしに遠くの空に目をやった。
「……ちょっと、ね、昔のことを思い出したから」
そう呟く。ロカの耳元を風が流れる。
あらぬ方向をじっと見つめる無表情な彼女の顔。だけど、それがどこか切なそうに見えて。
記憶とやらに引っ張られて、彼女は今、ここにいないのだろうか。
リザレオはサンドウィッチを飲み込んだ。
「それって、」
言葉をこぼしたまま意識をぼんやり遠くに飛ばしていたロカを連れ戻すように、彼は声をかける。
「それって、ロカにとって、良い思い出なのかな?」
ゆっくりとロカは振り向く。彼女の瞳に映ったリザレオは存外真剣な表情だった。
二人はほんの少しだけ見つめ合う。
ロカの口元が柔らかく弧を描いた。
「うん、大好きな思い出よ」
それ以上、踏み込むことは憚られた。
切なさはどこかに残っている。でも、微笑むロカの顔は優しい。
「そっか」
少なくともその思い出はロカにとって苦しくてたまらないものではないのだろうと、どこか安堵したリザレオは笑う。
「それは良かった」
何かを呼び起こすスイッチは急に押されるものです。
サンドウィッチか……お腹減った(これもスイッチ笑)




