保護者
倉庫に残った者たちの間を、柔らかい風が吹き抜ける。
ロカは小さく息を吐くと、両手両足の翼を閉じた。金色の粒子は溶けて消えていく。緊張が解け、耐えていた痺れによる拘束が復活し、彼女の体を強張らせる。
慌てたリザレオが呼びかけようとしたときにすぐ傍に気配を感じて見上げると、長髪の人物がロカを見つめていた。彼女の状態を判断したらしく、ふわりとしゃがんで腕の傷口に唇を近づけると、そっと息を吹きかけた。
初めは体をびくつかせたロカだったが、吐息が長く傷口にかかるにつれ楽になるらしく、体の過分な力が抜けていく。
温かい。
吐息が体内の麻痺毒を吹き出し、傷口を優しく撫でて埋めていくように感じた。
ロカは半ばぼんやりと、長髪の人物を眺めていた。
ユルルの保護者と言っていたが、一体、誰なのだろう。ユルルの懐き様を見るに、とても信頼をしている者のようだ。それにしても、吐息で治癒ができるなど、どれだけの力を持っているのか。
ロカの視線に答えた長髪の人物は、にこりと優しく微笑む。その瞳の奥に揺らぐ温かな光の帯を見た気がして、ロカは少し頬を染めながら微笑み返した。
「ありがとう」
腕の傷は跡形もなく消えた。同時に体の麻痺と痛みも消え去り、ロカは立ち上がって礼を言う。
「礼には及びません。あなたは、この子を守ってくれました」
そう告げる手がハルデンシアの蕾を撫でると、不思議なことに張っていた蕾が落ち着いたかのように元の大きさへと戻っていく。
ユルルはロカへと飛んでいくと、そのゼリーのような質感の頬を彼女の頬へとくっ付けた。少しひんやりとしてもちもちした感触。
ソラニルにとって頬を寄せる行為は状況によって様々な意味が含まれるが、今回は感謝の気持ちが十分伝わってきた。
「私たちの島の名はドムトリーエルム。私たちはあなたの行いを忘れません」
そして、リザレオへと向き、胸に手を当てて丁寧にお辞儀をした。
「急で不躾なお願いに快くお手を貸してくださったこと、感謝いたします」
そう告げ終わると振り向き、階段ではなく島の端へと歩き出す。ユルルは、その肩にちょこんと掴まっていた。
一歩進んでいくにつれて青白い光が足元からあふれ、やがて体を包み込んでいく。ロカたちの驚いた瞳には、身軽に空へと駆け上がり、あっさりと壁を飛び越える姿が映り込んだ。
一瞬の間の後、羽ばたく音と共に壁の向こうに鮮やかな緑色の羽毛を持つ大きな鳥が現れる。その背中の辺りに、羽毛に埋もれるユルルと風に揺れるハルデンシアの蕾が見えた。
飛び去った美しいソラニルは、ロカとリザレオを釘付けにさせるのに十分な輝度を持っていた。
「……ソラニルだったのね」
確かに、あの不思議な雰囲気といい、力といい、人外だと言われれば納得できる。羽音の跡でも見つめるように、ロカは空の色を瞳に映していた。
そうだ。色は違うけれど、あの鳥は見たことがある。
メルティエイドーヴァ。
確か、あの女の子はそう言っていたっけ。
ふいに思い出したように、ロカはリザレオへと振り向く。
「ありがとう、リザレオ。あなたのおかけで解決したわ」
「そんなことないよ」
「ううん、だって、リザレオが来てくれなかったら、私、今頃どうなっていたか分からないもの」
二人の間に柔らかい風が流れる。
リザレオは、急にしかめっ面になった。
「って、そう。そうだ。どうしてロカは、あんな怪我をするような無茶をしたんだい?」
「え?」
「傷口も酷かったし、それに毒だって……そう、それが死に到るものだったらどうするの」
ロカは左腕を軽く上げた。先ほどの出来事など覚えていないように傷一つない白い腕だ。
「これは、ソラニルにやられて……あの人たちと一緒にいたソラニルだったから、もしかしたらユルルみたいに連れ去られた子なのかもしれないって考えたら、どうしても迎撃する気になれなくて」
「だからって、ロカが痛い思いをしなくても」
「うん、でも、まぁ、こうやって怪我も治してもらえたし、いいかなって」
「そういう問題じゃないんだけどな」
へらりと笑うロカに、リザレオは小さく溜め息を吐いた。
メルティエイドーヴァは治癒に特化した力を持っています。




