手負い
リーダーは腰の籠の蓋を取る。伝令用の蜂のソラニルの三倍の大きさはあるタイプが一匹飛び出した。ロカの握り拳ほどの大きさで、巣の傍の生き物を攻撃する特性を持つ兵隊用の蜂のソラニルだった。苦手な者にとってはその羽の重低音でさえ恐怖を誘うだろう。
訓練されているようで、リーダーはその兵隊用ソラニルにユルルが目標だと指し示すや否や、すぐに狙いを定めて襲いかかる。ぞっとしたロカは男性二人を振り切り、ユルルを目指して走り出す。ユルルは慌ててハルデンシアの蕾を握るが、簡単に睡眠ガスが噴出するものではない。
兵隊用ソラニルは少し上空へ飛んだ後、勢いよくユルルへと降下する。その尻から突き出た鋭い針がターゲットをロックオンする。
「!」
一瞬の静寂。
ロカが転がる。砂塵がちらつく床の上に倒れた彼女の腕の中では、ユルルがぶるぶると震えていた。
「……っ、」
眉をひそめるロカは左腕を見た。そこには、赤黒い線と細く流れ出る鮮やかな血の道ができている。ソラニルの針に深く刺さりはしなかったが、避けきれずに先端で切ってしまったようだ。
起き上がろうと上体を起こすが、痛みと共に腕にびりびりと痺れが走り、それは徐々に身体中へと広がっていく。自由が利かず、ロカは地に伏した。麻痺毒だった。
ロカには、そこまで強い状態異常のものでなければ防げる特別な力があった。防衛術式なしでユルルの睡眠ガスが効かなかったのはそういう理由なのだが、この麻痺毒はかなりロカに効いている。兵隊用のソラニルの麻痺毒だけではない、まるで人工的な毒が付加されているかのような強力なものだった。
ロカの状態を見るに、自然の毒物と違って人工の毒物には全くといって耐性がないようだ。
「ソラリコならば防衛術式を使ってくるものと思ったが」
淡々と告げるリーダーの男性がロカへと近付いてくる。兵隊用のソラニルは役目を果たしたらしく、腰の籠に戻っていった。
値踏みをするような眼が彼女を見下ろす。
「安心しろ。生命維持機能まで麻痺するほど、強い毒ではない」
ユルルは逃げずにロカの側にいた。彼女の心配をしているユルルの頭の甲羅を片手で掴み上げると乱暴に紫色の袋に詰め込み、仲間の方へと歩いていく。
あの扱い方を見るに、睡眠ガスを放出されても無効にするような特殊な素材でできた袋なのだろう。
「……!!」
うまく喋れない。もぞもぞと動く紫色の袋をただ凝視する。
ロカは歯を食いしばった。
いけない。
このままでは、ユルルが連れていかれてしまう。
ユルルは何も悪くないのに。おうちに帰りたいだけなのに。
リーダーの男性は仲間の所に行くと、捕縛術式の鳥籠へと何か液体をかけている。瓶一本分では効果が出なかったようで、男性は眉をひそめながらもう一本追加で振りかけた。鳥籠の蔦がしおれていくのを見て軽く鼻から息を吐いた後、ユルルの入った袋を仲間に渡す。
「次は逃がすな。私はあの少女を連れていく」
そう言って振り返った。彼の視線の先の光景に、体が停止する。
膝を支え、少女が震えながら立ち上がろうとしていた。
麻痺毒の作用がそこまで強いものではないとはいえ、子どもの体で抗えるようなものでもない。
その髪が強い風に煽られて舞い散り、彼女の心境を顕著に示す。
何よりも彼の体を凍らせたのは、その目だった。青く鋭い瞳の奥に青白い光が煌めき、そこに映るものを逃しはしないと引き摺り込む。
吐く荒い息には、今にも炎が混じりそうだ。こちらを睨む相手はまるで手負いの獣だった。
両手、両足から翼が生える。光の粒子が舞い始める。
金色に輝くそれに混じって、微かに青白い粒子が見えた気がした。
重く低く大きい虫の羽音が近いと、こう、背中がゾワァァってなります。
何が何でも虫嫌いというわけではないのですが、あれは本能的な警告でしょうか(´ω`;)蜂とか




