走り続けるだけではない
ロカは細い路地を走る。人の気配がする度に立ち止まり、様子を窺う。
先ほどの二人組が、もしくは、二人組が所属する何かしらの組織が、ユルルを連れ出したことは確かだろう。
あのとき、話し合いや力づくで情報を聞き出してもよかった。だが、ユルルの怯えを見たロカは、あれ以上の長居は無用だと判断したのだった。
ハルデンシアの花の蕾は一旦落ち着いたようで、今はそこまで膨らんでいる状態ではない。きっと、普段通りに過ごしていれば、ここまで簡単に何度も睡眠ガスを発生させるものでもないのだろう。それだけ現状が、ユルルやハルデンシアの花にとってかなりのストレスだということだ。
とにかく、今は逃げよう。早くこの子をおうちに返してあげよう。
ロカは、自分の肩に掴まり、ほとんど隠れていないが彼女の髪の隙間から辺りを警戒している小さなソラニルの行動を感じては思っていた。
ただ、実際にどうやってユルルを家に返すか。場所を探す手がかりは、ユルルが持っている風の玉だ。
空には、その地域にしか吹かない風の成分の組み合わせがあり、ソラニルは風の玉を羅針盤として空を駆けるし、人間の中にも特殊な感覚を持つ者が専門として航空士となる。
一般の旅客船は航路が確定しているため、風の成分を元に開発された航空計器とコンパスの併用だけで空を航行することが可能だが、未確認の空や新たな航路の発見の際には、航空士の能力が必須となる。
ロカにも、風の玉の匂いを嗅ぎ、成分の色の混ざり具合を見分け、風の玉の中で方角を示すかのような微かな光の粒子の揺らぎを利用してどこの空に向かえばいいのかを判断できる力は若干あるのだが、単身で見知らぬ空を行くには危険が伴う。
やはり、アルタとラズメリアが呼びに行ってくれている騎士団に相談するのがよいだろう。そう考えながら観察するロカの目の前の通りを、人やエアロハイカーが通過していく。
ぞわりと背中が震えた。
振り返ると、先ほどの男性二人組がこちらへ走ってきていた。二人のうち、後方を走る小柄な男性が光の翼を生やした両手で四角を組みながらロカたちを見ている。
……片方はソラリコだったのね。
ロカは悪寒の正体に眉をひそめた。逃げた直後から、索敵術式によって居場所がばれていたのかもしれない。
個人差はあるが、自身へと向けられた他者からのソラリコの力は感知できるものだ。だが、相手のソラリコの力が弱い場合、ロカは自分の力が強すぎるせいなのか、集中していないと気付きにくいものになっていた。
このままここで対するよりはマシだと明るい場所へと振り返るロカはユルルを抱き締め、人通りのある道へ走り出した。
少し賑やかな通りをロカは素早く走り抜け、また細道に入る。微かに震えているユルルだが、おとなしく頭の蕾をきゅっと掴んで、その陰に半分隠れながら外の様子を眺めている。ハルデンシアの花はあまり膨らんでいないのが幸いだ。
通行人の中にはロカを見て……詳しくはロカの抱えているものを見て不思議そうな表情をしている者もいたが、騒ぎなどの大事にはならないだろう。逃げるには空を走ってもよかったが、町中でソラリコが無闇に空を渡ることは推奨されていないということを聞いていたし、どちらにせよ、索敵術式でばれてしまうだろう。
どうにかして城の騎士団の元へと向かいたかったが、ロカは町の地理については知識が乏しく、また、大通りなど人混みは極力避けたいため、なかなか城への道程を決められずにいた。
ふと気付くと、島の東端に来ていた。遠くに人影は見えるがまばらで、こちらに気付く者はいない。
いや、城のある北の方角から別の二人組が走ってきているのが見えた。どうやら、追いかけてきている者たちの同胞らしい。この感じだと、ユルルを誘拐した者たちが何人もこの島にいるように思われる。
この島の住人ではなさそうなのは心の救いだが、それでも、これ以上追跡される状態が続くのはユルルの精神上よくない。
大体、ユルルが彼らに対して何をしたというのか。
誘拐されて、知らない場所に連れてこられて、追いかけ回されて。経緯をしょんぼりと悲しそうに話してくれたユルルを思い出す。
ロカは何ともやり切れない気持ちが沸き上がってきていた。
コハントルタでは町の中にソラニルがいることはないので、通行人はユルルのことを大きな人形だなぁとか思って見ています。




