保護作戦2
ロカは保護作戦を開始するため、ユルルの元へと足を踏み出した。
裏路地といっても道幅はそこそこ広く、あまり身を隠せる場所がないのが難しい。たまにユルルの前を人が通るが、植木鉢の後ろから逃げ出すようなことはないので、通りすがりを装って近付いて捕まえるのがよいかもしれない。
ロカの後ろに、少し緊張気味のアルタとラズメリアが続く。相手が人間だったら、高確率で追跡していることがバレるであろう気配を発していた。
ゆっくり歩きながら、ロカは目の端でユルルの動向を確認する。もう少し、もう少しと、まじないのように口内で反芻する。ユルルは植木鉢の後ろで何かもぞもぞしているようだった。慌てている様子はないので、このまま近付ければ保護できる。
そういえば、何故、睡眠ガスが発生したのだろうか。
その答えはすぐそこに忍び寄っていた。
……あっ。
ロカは微かに目を見開いた。
植木鉢が置いてある奥の道から、トタトタとやってきたのは猫。猫の視線の先にあるのは、ユルルの頭上で柔らかく揺れるハルデンシアの花。猫を遊びに誘うには、十分な破壊力を持ったスイングだ。
お尻をふりふりし飛びかかるチャンスを窺う猫に、ロカはまずいと思って捕縛術式の所作を構える。遅かった。猫は右手を振りかぶり、同時にユルルに向かってジャンプする。その小さな指から顔を出しているであろう鋭利な爪。猫パンチ。ヒットすれば、ハルデンシアの花は再度睡眠ガスを発生してしまうだろう。
捕縛術式では間に合わないと焦って駆け出したロカの瞳に、その猫パンチを寸でのところで回避するユルルが映った。その衝撃で、ハルデンシアの花がもっと勢いよく揺れる。明らかに煽っていくスタイルだ。
「うわっ、猫!」
ロカの後方で、アルタがぎょっとしている。石畳の表舞台で対峙したユルルと猫は一瞬見合って止まる。どちらからともなしにゴングは鳴らされ、追いかけっこが開始された。もちろん、鬼側が猫だ。ロカも間髪入れずにその鬼ごっこに参加する。
「あっ、逃げた!」
後方でアルタの声が響く。こうして、一匹が逃走役で一匹と三人が鬼役という変わった趣向のイベントが何の準備もなくスタートしたのだった。
見失わないように、ロカはユルルと猫の爆走に食らいついていく。いつの間にか、足元から光の翼が生えていた。光の波紋が輪を作る。
後方遠くにアルタとラズメリアの気配を感じるが、このままついて来られるかは時間の問題だろう。
今まで眼前の獲物に集中していてロカに気付いていなかった猫が、ふいに後ろの追跡者を見て軽く飛び上がる。よほど驚いたようで、足をもたつかせながらすぐに右に反れて細い路地に走り去っていった。
ユルルは第二の追跡者に気付いているのか、依然として速度を落とさない。
細い路地と広めの路地をぐねぐねと無茶苦茶に走る。曲がり角を曲がる度にハルデンシアの花が壁にぺちりと当たるので、そのストレスでいつ睡眠ガスを放出してしまうのか、ロカは気が気ではなかった。現に今のハルデンシアの花の蕾は、鬼ごっこの開始時に比べるとかなり大きく膨らんでいる。町中での睡眠ガス噴霧は影響が大きいので速効で阻止したいが、狭い路地をあちこち移動される状態では、捕縛術式を発動させるタイミングが難しかった。
ロカたちが走る先の家から出てこようとしたおじさんが、猛スピードで突っ込んでくるロカたちを見て驚きの声を上げる。
「ごめんなさいっ」
ロカはおじさんの頭上を飛び越え、振り向きながら謝る。ユルルに向き直ると、すぐ前に大きな長机の両端を持って運んでいる二人組を発見した。ユルルは机の上を減速することなく飛び越える。
「うわっ」
高速の物体が目の前を通過して発された驚きの声を横で聞きながら、ロカはスライディングで机の下を滑り抜けた。ロカの足は僅かに地上から浮いており、まるで波を掻き分けるように光の粒子が舞い散る。
「うええっ!?」
「ごめんなさーいっ」
スライディングの動作から軽くジャンプして起き上がりながら、言い逃げのようにロカの声が道端に転がり残った。
ユルルと猫と鬼ごっこ。




