お出かけ
くぐもった音が遠くの方で聞こえる。すぐに静かになったので、ロカは上がりかけていた瞼を再度下ろした。
それを阻止せんとばかりに、再び音がする。軽くリズムを持ったそれがドアを叩く音だとベッドの中の寝惚けたロカが理解したのは、ラズメリアが起きてドアを開けたところでだった。
ラズメリアの目の前には、髪の毛をゆるふわに巻き、とろみのある生地の淡い黄色のカットソーと、水色と白色のギンガムチェックのスカートを着たご機嫌な様子のアルタが立っていた。
「おはよーっ! 迎えに来たよっ」
「……今、何時だと?」
「え? んー、六時半?」
爽やかに笑うアルタの表情は、ドアの向こう側に消えた。有無を言わせず目の前でドアを閉じられたアルタは慌ててノックする。
「ちょ、ちょっと、ラズー?」
「私たち、七時に起きる予定だったの。準備が終わるまで、そこで待っていなさい」
ラズメリアの言葉に惑いがないのは、眠りを妨げられたからなのか、単に寝起きだからなのか。ぴしゃりとラズメリアは言うと、目を擦りながらブラシを取りに向かう。
ドアの向こうはしんと静まりそれ以上の返事はなく、アルタのしゅんとした気配が手に取るようだった。
「ん……ラズメリア、誰か来たの……?」
「あ、お、おはよう、ロカちゃん。ううん、き、気にしなくて大丈夫よ。ち、ちょっと早いけど、起きましょ」
寝起きのぼんやりとした中、ロカは大きく伸びをした。窓から明るい光が差し込んでいる。
「ふふ。ほ、ほら、寝癖」
ラズメリアは自分の髪を梳かす手を止め、ロカの後ろ髪のブラッシングを始める。ロカは窓からの日差しを浴びながら、気持ち良さそうに目を細めた。
今日は休日なので、ロカとアルタとラズメリアの三人で町に出かけようと約束をしていた。ファッションやコスメやグルメにうるさいアルタは、初めてロカが町に出るということで俄然やる気になり、テンションの高い案内役となる予定だ。
その後、ロカとラズメリアは顔を洗いに洗面所へと向かう。しょぼくれているであろうアルタの姿は廊下に見当たらなかった。
ラズメリアは、先ほどの早朝アルタ急襲の件をロカに話す。普段はぽやんとしているラズメリアだが、眠りを邪魔するものには容赦がないのか、きりっとした表情でぷいぷいとアルタへのお小言を重ねている。
いつもと違うラズメリアの側面が垣間見えたようで新鮮に感じたロカだったが、同時に、夜に出ていくことが多い自分自身もラズメリアの睡眠を妨げないように注意せねばと再確認したのだった。
部屋に帰り、クローゼットを開ける。中にはセイラー服がきちんと白く光っていたが、今日は出番ではなかった。
ロカはその隣にかかっている白のワンピースを手に取る。コハントルタに来てからはしばらく着ていなかった、お気に入りのワンピースである。特に飾りもないシンプルなデザインだが、大巫女に貰ったとても大切なものだ。
ラズメリアは透け感のあるシフォン生地で腰を細いリボンで締めるワンピースを着ていた。赤紫と濃紺と白のストライプがよく似合っている。
「こ、この時間にお出かけして、お店がああ開いているのかしら?」
ラズメリアは微笑みを混ぜた困り顔で独り言のように呟きながら、三つ編みを編み終えようとしていた。
時計を見ると、七時半過ぎを示している。
魚市場や青果市場に行くのならば話は別だが、アルタの気質からいって、初めてロカを町に連れ出すのだからどこか素敵なカフェに行くのだろう。まさか、ロカとの初お出かけが楽しみ過ぎて、それだけの理由で当てもなく朝から出かけようとはしないだろう。
ラズメリアは、自分が初めてアルタと町に出かけたとき、洋服を取っ替え引っ替えし、眼鏡を新調し、髪型まで触るという、悪い意味ではないが着せ替え人形状態になっていたことを思い出し、きっと今回も色々なお店を渡り歩くのだろうと半ば確信した気持ちで小さく苦笑した。
そのとき、ドアがノックされる。
ラズメリアがドアを開けると、いつの間に戻ってきたのかアルタが立っていた。
「いけない、いけない。うっかり、チケット忘れちゃってた。お、皆、準備はできたんだねー!」
「も、もう、アルタちゃんたら。朝から、げ、元気良過ぎ」
「えー、だって、お出かけ楽しいじゃん。ねー、ロカ」
「うん。お出かけ、とても楽しみだったの」
嬉しそうに頬を染めるロカを見たアルタは、ふいに首を傾げた。
「あれ。ロカ、髪切った?」
「えっ? あ、う、うん、よく分かったね」
「え、ロカちゃん、そ、そうなの?」
「もー、ぼくに任してくれたら良かったのにー」
「あはは、ありがとう」
これが、アルタの美への意識の高さというのか。ロカ自身もほとんど髪の長さは変わっていないと思っていたのだが。さすがというべきである。
「あとねー、ロカのそのワンピース、確か、初めてコハントルタに来たときも着てたやつだよね?」
「うん、そうだよ。お気に入りなの。それに、私、これ以外は正装用の黒のワンピースしか持ってなくて」
「なっ、何だと! お気に入りならヘビロテで着ることもあるけど、二着しか持ってないなんて、勿体ない!」
「も、勿体ない?」
「そう! お年頃のかわいい女子がそんな状態に甘んじているなんて……っ」
「いや、その、前の島ではお出かけすることなんてほぼなかったし、それに、私、ファッションとかそういうのに特に意識が向かない性格というか」
「興味あるなしは誰にでもあるのは分かってるよ。けどっ、かわいい洋服着て、アクセサリーなんかも見ちゃってさ、おいしいスイーツ食べながらお喋りするのって、絶対楽しいと思うんだっ」
「そ、そうかな?」
「うん、そう!」
「も、もう、アルタちゃん、ち、ちょっと落ち着いて」
「ラズメリアだってさー、楽しいでしょ?」
「そ、それは楽しいけど……」
「でしょー? じゃ、早速、町に出発ー!」
そうやって元気に廊下を歩き出したアルタの背中を見る二人はぽかんとしていたが、お互いに顔を見合わせると吹き出す。
「置いてっちゃうぞー」
少し離れた所のアルタが両手を高く挙げて主張する姿が見える。
本人が絶対一番楽しんでいるであろうその水先案内人へと、ロカとラズメリアは笑いながら後に続いた。
ラズメリアぷいぷい。




