言葉が踊る
「……昨晩、中庭でロカに会いました」
「中庭とは、そこのことか」
ソフィアンネは背後の窓に軽く目をやる。
「はい。中央庭園ではなく、その窓の下の庭です。それで、夜中に何をしているのか聞いたのですが……、」
ソフィアンネがどことなくわくわくしてるような雰囲気が漏れているのは気のせいだろうか。ディンセントは微妙な面持ちで話を続ける。
「秘密の部屋に行っていたらしいです」
「ほう」
「えと、魔方陣から秘密の部屋に入り、紙の扉で外に出たら中庭に繋がっていた、と」
「ほほう」
「秘密の部屋には本がいっぱいだったと話していました」
「ほうほう」
「えと……以上です」
「何?」
前のめりで聞いていたソフィアンネが、急に姿勢を正す。その眉間には、明らかに皺が刻まれていた。
「それだけ? それだけしか聞いていないのか」
「あ、はい」
ソフィアンネはこめかみを抑えて頭を振りながら椅子にもたれかかった。やれやれといった気配マックスなので、ディンセントは内心焦り始める。
「もっとこう……聞くことがあるだろう? 本以外には何があったかとか、どんな雰囲気の場所だったかとか、色々っ」
「いや、その、あの……は、はい」
「まったく……折角の楽しいアクシデントだったのに、それではつまらないではないか」
少し横を向いて唇を尖らしながら目線だけでディンセントを刺す姿は、どことなく年相応の娘の拗ねた仕草に見える。普段とは違う可愛げのある上司に、ディンセントは思わず心音が高鳴る。
「まあいい」
髪を払ったソフィアンネはディンセントに向かって不敵に微笑む。すぐにいつもの彼女に戻ってしまったようで、ソフィアンネの言葉をそっちのけで多少残念に思うディンセントがいた。
「今度は私が直接ロカに話を聞こう。お前ばかりロカと談笑しているのはつまらないからな」
「いや、談笑してませんって」
「いつも面白い目に遭っているではないか」
「いつも巻き込まれてるんすよっ」
どうやらソフィアンネはディンセントがロカの事件に巻き込まれているのを見て楽しんでいるわけではなく、本音は自分も参加したいらしい。何てお転婆な姫様だと、ディンセントは今更ながらに慄いていた。
「それにしても、どうしてロカはよく問題を……アクシデントに遭うのでしょうか。それに、常識も俺たちとは少しズレているようです。もちろん、生まれも育ちも別の島なので考慮はしますが」
「何を言っている。それは、あの子が特別だからだろう」
愚問だと言わんばかりにきょとんとしているソフィアンネに対して、ディンセントは目をしばたたかせた。
「え?」
「……お前、分からないのか」
「え、いや、確かに、変わった奴だとは思いますが」
「ふーん」
「え? えっ?」
「まあいい」
「えっ」
ディンセントの狼狽を皮切りに、ソフィアンネは席を立って窓に近付く。
「あの、ロカが特別ってどういうことですか」
ディンセントは、窓を開く彼女の姿を視線で追っている。もう少し近付いて話をしたいという願望を、一歩出た左足で踏ん張り抑えた。
部屋には秘書も護衛騎士もいるのに、ソフィアンネはそこにいるだけでその他の存在感を薄くしてしまうほどのカリスマ性があった。もちろん、ディンセントの心情が大きく比重を取っている点も考慮すべきだろうが。
開いた窓から聞こえてくる音楽につられて窓の下を覗いたソフィアンネは、休憩中か何かの時間に中庭で楽器を演奏している人を見たのか、軽く微笑んだ。昼下がりの柔らかい陽の光を浴びながら、腰に手を当てて振り返るソフィアンネは美しい。
「ふ、それは……そうだな、ロカに聞け」
「え」
挑発的にも見える彼女特有の余裕ある笑みに見とれながらも、その言葉の意味を理解できかねるディンセントの口はぽかんと開いている。
「お前があの子に聞いて、あの子がお前に話す。それが妥当な順番だ」
「順番って、」
「あ、私の名前は出すなよ。別の因子が入ってしまうからな」
「……?」
「つまり、」
ソフィアンネは目を軽く閉じ、流れてくる音楽を聴きながら続ける。
穏やかな風で、薄く上等な白いカーテンが揺らぐ。
「私は成り行き上それを知っているし、ロカも私が何かしら知っていることは勘付いているだろう。だから私は除外されている方がいい。ロカがお前を信用し、そして、我が騎士団を信用したときにこそ、きっと、彼女はその『特別』について、お前に話してくれるだろう」
その言葉の後に部屋に残るのは庭からの音楽。
ディンセントは訳が分からず、ただ脳の中で特別という言葉が音楽に合わせてぐるぐると回っている。
どうしてこんな話の流れになってしまったのだろうかという疑問や、そもそも何故こんなにもロカのことについて首を突っ込まなければならないのかという微かな苛立ちを抑えるのに若干の力を要し、ソフィアンネへと返す声が出なかった。
ディンセントの巻き込まれ体質は今日も元気です。




