執務室での報告
ディンセントは、そわそわしながら待っていた。
彼がいるのは執務室と呼ばれる所で、部屋の南側中央には窓を背にしてクラッシックな執務机があり、左右の壁には執務机と同じ装飾の本棚とキャビネットが備わっている。重厚な材質だが、猫足で草花の飾りが彫られた柔らかい雰囲気の机上には本が数冊並び、羽ペンとインクと書類、呼び鈴があった。草花の模様が凹凸で薄く刻まれている白い壁には賞状や絵画が納められた額縁が飾られ、執務机の下には深緑色のマットが敷かれている。
ディンセントは、執務机の前にある応接用のソファに座っていた。あまり部屋の中をじろじろ見回すのは失礼かと思ったが、かと言って手持ち無沙汰なので、自分の身なりを整える以外に他にすることがなかった。
……何だか、よい香りがする。
「待たせたな」
部屋の柔らかい香りに鼻孔をくすぐられていたときにふいに入ってきた部屋の主に、慌てたディンセントは思わず立ち上がる。
黒髪を翻し颯爽と登場したのはソフィアンネ。彼女の後ろには秘書と思われる女性と護衛の女性騎士がついていた。
「それでは、ディンセント。お前が見たその不審者について聞こう」
そう言いながら執務机の椅子に座ると、秘書は抱えていた書類を手際良くソフィアンネの前に並べ、羽ペンを差し出す。
白髪の護衛の騎士は入口の扉の横に控えている。
書類を読み、サインをしているソフィアンネの近くに寄ったディンセントは、彼女の長い睫毛を見ながら話を切り出した。
「昨晩、北側城壁を巡回中に、城の屋根に不審者を発見しました。付近は暗く、しっかりと姿を確認することはできませんでしたが、微かに夜空に見えたシルエットからその者を人間だと判断しました。ソラニルを従えた不審者は銀色の長い髪を垂らしてこちらを睨んでいましたが、すぐさま攻撃をしかけてくるような敵意のある状態ではありませんでした」
そこで、ふいに言葉を切ったディンセントに、書類から顔を起こしたソフィアンネは片眉を上げる。一瞬、躊躇った様子のディンセントだったが、彼女の視線に向かって言葉を継ぐ。
「その後、その者は……ソラニルを引き連れて北の空へと駆けていきました。あの、見間違いではありません。もちろん、人間が夜空を渡ることはできないと知っています、ですが、その者は夜空を駆け去っていったんです」
一瞬ディンセントは下を向いたが、直ぐにソフィアンネへ向き直ると引き締まった表情で告げる。
「以上が、不審者についての報告となります」
しん、と部屋が静まる。
ソフィアンネは書類を秘書に渡すと、背もたれに体を預けてディンセントを見やった。
「つまり、不審者は夜を渡ることが可能な人間だと」
「はい。……ああ、いえ、十分な明かりのない場所での確認だったので、今思えば、その者は人間ではなかったのかもしれません。例えば、人間に近い見目のソラニルとか」
「ふむ」
ソフィアンネは腕を組む。
「目撃者はお前だけか」
「はい」
「不審者の、以降の消息は不明と」
「はい」
「ソラニルを連れていたと言ったな」
「はい。あれはヨロイクジラだと思います」
「……ふむ」
ソフィアンネは一瞬、視線を反らしたが、すぐにディンセントを大きな瞳に写し込んだ。
「状況は分かった。城の屋根にいたというのは気になるが、現在までで何か事件が起こっている報告はないので、一時的に警備の強化をしておくこととしよう。以上だ」
「……はい」
割とあっさりした対応だったのでディンセントは拍子抜けした。信じてもらえていないのかとも思ったが、ソフィアンネは物事を精査せずにないがしろにする人物ではないので、何か考えがあってのことだろう。
そうやって不審者の件にひとまず区切りをつけたディンセントは喉の奥に残っていた話題を、次の書類に手を伸ばしていたソフィアンネへ続ける。
「……あの、それと、」
「何だ」
「ロカについてなのですが」
ソフィアンネの瞳が揺れる。ロカについての彼女の反応は早い。書類に落ちかけていた視線を上げて、その流れのままディンセントを見上げる。
「ロカがどうした」
「はい。あの……、」
ディンセントが秘書や護衛騎士の存在を気にするほどの話があることを察知したのだろう、ソフィアンネは軽く唇を横に引きながら足を組み直す。
「ここにいる者たちは、ロカの事情を知っている。気にせず話せ」
彼女の視線が有無を言わせない催促の色をしていたので、ディンセントは軽く一息吐いてから話を切り出した。
クラッシック、アンティーク、ヴィンテージ、レトロ……色々ありますが、とにかく何かかわいい(語彙力)




