秘密の部屋1
ロカの心は今、キラキラでいっぱいだった。
その瞳に映るのは、たくさんの書物。直径十メートルほどの小さな円形の部屋の中央にいるロカは、壁に沿って埋め尽くすように設置されている書架とそこに満載の本や、あふれて床に転がっている巻物に囲まれていた。
部屋は鉛筆のように天井が尖った形で、幅は狭いが縦には長く三階建てくらいあるのではないだろうか。
時刻は夜だが、見上げた三角錘の天井が光っていて十分明るい。
部屋には窓はなく、天井近くまで書架と書物が埋まっていた。
アレスローヴェンでは手近な物といえば本しかなく、従事時以外はずっと本を読んで過ごしていたと言っても過言ではないロカが本に興味を持つことは至極当然の流れで、そんな彼女が偶然にもこの部屋の存在を知ったことはもはや運命のようにも思える。
ここは隠された部屋のようで、天井近くまである書架に梯子がないことを鑑みると、ソラリコ用の設計なのではないかと考えられる。
クゥムーと別れた後、偶然に行き着いた不思議な部屋だ。城の中にあるのかさえも分からない奇妙な場所だったが、ロカはこの部屋の魅力に抗うことができなかった。
「すごい……」
ロカは部屋の中心で時計の針のようにくるくる回りながら見ていたが、それでは飽きたらずに本棚に駆け寄り、あちらこちらに移動しながら書物を確認している目は、さながら獲物を物色する捕食者のそれと似ている。
年季の入った背表紙をなぞる。空中植物の育成の基礎や、地域毎の気流の道の空図、鉱石虫の標本など、ロカの知らない知識がこの空間には満載だった。
目移りしながら、ロカは足取り軽く部屋を周回していく。背表紙をなぞる指と、青く煌めくイヤリングが跳ねる。
ぴたりと指が止まった。そこには、ソラニル大辞典の文字。
アレスローヴェンでは子ども用の小さな簡易辞典しか見なかったので、どんなソラニルが紹介されているのか気になった。
濃紺の分厚い本を取り出す。皮の表紙を撫でて、優しくページをめくった。少し古い臭いのする紙の隙間から、光る粒子がこぼれ落ちて空中で消える。
扉絵には青みのあるインクで、ドラゴンのイラストが描かれていた。
ドラゴンは、ソラニルの中で頂点の存在であると断言していいだろう。圧倒的な力と知能は畏怖にも近いものとなる。だが、ドラゴンはその屈強な見た目とは裏腹に、慈悲深く穏やかだという。他者より抜きん出た力を暴力行為にではなく、全ての生き物との共存共栄のために使用しているのだ。
ドラゴンと人間との関わりは、遥か昔に遡る。
歴史書を紐解くと、人間が大地で暮らしていた時代があったという。
あるとき、地上で大規模な天変地異が起こった。天災なのか人災なのかは定かではないが、狂った海が全ての大地を飲み込み始めたのだ。数多の国、人間、生き物が隔てなく海の腹の中へと押し流され、終焉の鐘が鳴り響くこの世界はもはや己が力では末路への進路から転換できなくなっていた。
そんな絶望の中、大地の生き物の命の幕引きを止めたのは、ドラゴンが率いるソラニルたちだった。そのものたちは空から舞い降り、まだ海に沈んでいない地を探し出しては天高く引き上げ、空に浮かぶ力を与えたのだ。
こうして、一部の人間や生き物は元々浮遊していた島に合流する形で浮かび上がった大地で生き永らえることができたという。
その話はまた別の機会でいいやと、ロカは頭を振った。今の目的は、そう、ソラニル大辞典だ。
ページを捲ると、表紙のドラゴンと同じく繊細なタッチで描かれたソラニルのイラスト、そして名前と説明文が記載されていた。
どんどんページを捲っていく。開く度に、微細な光が風に舞いながらこぼれ落ちていく。
知っているソラニルも知らないソラニルもたくさんいた。もちろん、ヨロイクジラも。正式名称は、ヴァレインガーディン。クゥムーよりもずっと体の大きいおとなのヨロイクジラが長い尾をしならせている格好良い姿が描かれていた。ロカは思わず微笑む。
次のページを見ると、ヨロイクジラの王についての記載があった。詳細な説明はなかったが、空を悠々と泳ぐ老練なヨロイクジラが見開きで描かれている。あまり知られていないヨロイクジラの王のことまで載っているとは、この本は素晴らしいものだとロカは今更ながらに驚いた。
それと同時に、彼女は微かに目を見開く。
ヨロイクジラの王のことが記述されているのならば、あのソラニルについても何か分かるのではないか、と。
ロカは放っておくと勝手に色んなことに足を突っ込んでいきます、主人公補正?
どこから不思議な部屋に入ったのか……困ったさんですねぇ。




