選択肢
「あああー……」
ロカは盛大に溜め息を吐いた。
「いきなりバレちゃったな……」
膝を抱え、腕の中に顔を沈めて呟く。
ここは城の屋根の上。時間は夜。屋根の僅かに平らな所へ、少女は危なげに座り込んでいた。
朝のヤタの練習以降の記憶があまりなく、そのことばかり考えていたように思う。途中、ぼんやりしてるぞとアルタに頬をつつかれたことは覚えていた。
驚いたオハラの表情が、頭から離れない。それもそうだろう。最初から空も渡れ、自由に光の翼を出し、濃厚な光の粒子を放つ者が、ソラリコの初歩である治癒術式・アルができないのだから。
あのオハラの感じ方を見るに、恐らく、その理由については気付いていないだろう。
もし、原因を知ったら。
知られてしまったら。
「……っ」
ロカは頭を勢いよく振る。考えたくなかった。
いつかは知られてしまうのかもしれない。そのとき、一体どんなことになるのか。アルタやラズメリア、ディンセントたちは、どんな反応をするのだろうか。
もう、独りで立ち向かわなくてもいいかもしれないという淡い期待は、今にも崩れ去ってしまいそうだった。
ロカは恐ろしくて、思考を途中で千切った。
横を向いて腕に頬を乗せ、ぼんやりと空を眺める。静かな空の色だけが、ロカの心に染み入ってくる。
「ムームムっ!」
九十度傾いた世界の中に、クゥムーが飛び込んでくる。
「そうね、こうなることは分かっていたわ」
視界を飛び回るクゥムーを、ロカは目だけで追う。
「……この島はアレスローヴェンみたいな所ではないから、もしかしたら、治癒術式とかそんなに必要じゃないかなって思ってたけど……願望だったわ」
ロカは目を閉じた。肯定的な、否定的な、様々な人たちの顔が過る。
「ムームっ」
「大丈夫、大丈夫よ。うん、できるところまでやってみる。今は、それしかないもの」
大巫女が与えてくれた大切な機会。受け入れてくれたソフィアンネの気持ち。
自分から終わらせるわけにはいかなかった。
「ムム」
ふいのクゥムーの言葉に、ロカは目を開いた。クゥムーは空中でぴたりと静止し、じっとロカを見つめている。ロカは顔を持ち上げ、傾きのない世界でクゥムーを見上げる。
「ムムム」
「クゥムー……」
ぷっと、ロカは突然吹き出した。少しだけ困ったような笑顔で、クゥムーの顔に手を伸ばす。
「ふふっ。そうね、どうにもならなくなったら、こっそりと二人でどこか旅に出るのもいいわね」
心に深い傷を負ってまで、脳が叫びたがっているのを破裂するほど押し込めてまで、ここにいなくてよいのだと。ここではない世界はロカの思っている以上に広くて謎めいていて、そこを新たに冒険し始めるのも一つだと。
元気づけるためにクゥムーが言ってくれていると思ったロカだったが、どうやら当のクゥムーは割と本気らしい。ここが駄目なら別の所に行けばいいだけじゃないか、ということのようだ。
他人の事情なのに、当てのない旅路でもクゥムーはついてきてくれると言う。自分よりも余程肝の座った心意気だと、迷ってばかりいるロカは自嘲した。
霧で煙る中、早朝始発の飛行船の窓の向こうの遠ざかっていくアレスローヴェンを忘れられない。逃げるのかという単語をもう一人の自分に告げられながら見た景色を、忘れられるはずがなかった。
そうやって心を彼方へと飛ばしながら、ロカはただ、クゥムーを撫でるばかりだった。
クゥムーはクゥムーで思うところがあるのです。




