沈黙の光
オハラはふわりと指を動かす。所作に入るまでの立ち姿まで、見惚れるほどにとても綺麗だ。
「まずは左手を自分の頬の右側に。次に、右手を頬の左側に。……そう、腕は胸の前でクロスする形ね。両手は頬に付けるのではなくて、触れるか触れないかの添える位置でいいわ」
ロカはオハラの所作を確認しながら後を追って構える。微かに俯き、少しだけ肩を内側に丸めるように入れる。
「そうよ、ほんの少しだけ、背中を丸くするの。体の中央で卵を抱えるみたいなイメージかしら。祈る相手のことを思い、そして、両手を一緒に引き抜いて前に出す。指の先は対象者へ向けるのよ。相手がその場にいない、また、多方向に存在するならば、少し天に向ければ良いわ。祈りを指先に込めて相手に送るように優しく」
ロカはイメージが湧きやすいように、オハラを対象者へと決めて捧げる。微かに宿る指先の熱を、相手への祈りと願いを込めて送る。猫背になり過ぎていないか、伸ばした腕は曲がっていないか。ひとつひとつの動きを確認しながら行う。
「うん、そうね。ロカちゃんは上手だわ」
頷いて微笑むオハラは一度構えた指をほどき、手足に光の翼を生やした。舞い上がる煌めきの粒子はオハラの髪を柔らかく掻き上げる。光の一陣が過ぎた後、彼女は一つ瞬くと再度構えた。
ゆっくりと、頬に添えた指を解放する。所作に合わせて、彼女の翼から、指先から、光が舞い上がった。光の粒子の海の中、ロカへと差し出されるオハラの白い指先の滑らかな動きは美しい。
風に流れるラベンダー色の髪は朧な軌跡を描き、細い眉を僅かに寄せる微笑みが儚さをより一層強く感じさせるが、それでいてどこか芯の強さも垣間見える雰囲気をまとっていた。治癒の効果か、ロカは体が温かく感じる。
やはりソラリコは素敵だ。
ロカは、思わず一観客になったような気分でオハラに見とれていた。
構えをほどいたオハラは、合わせた両手の甲に頬を沿わせるポーズをして微笑む。どうやら、彼女はそれがクセのようだ。
「それでは、今度はソラリコの力を使って、治癒術式をやってみましょうか」
何の変哲もない言葉に、ロカの肩が震える。血の流れが滞るような感覚が起こり、目眩さえしてくる。
思わず、拳を握った。
「ロカちゃん?」
「……」
ロカは小さく頷いた。微かに震えているように見える手と足が別人のように重い。
半ば無理矢理、光の翼を生やす。息を吸い、オハラのために祈り、治癒術式・アルを行った。
何も起きない。
もう一度、試す。それでも、やはり、何も起きない。
「……っ」
ロカは、オハラに両手を差し出したままの格好で固まる。
指先は痺れるほどに冷たい。
オハラは不思議そうにロカを見つめていた。
治癒術式・アルは、ソラリコにとって基本中の基本だ。空を渡れるソラリコならば、不出来ながらも何かしらの反応が出て当然だった。それが、ロカの場合は何も起きないのだ。普段の彼女ならば無意識の内にあふれる光の粒子の飛散も、対象者が感じる温もりの効果も、何もかもがなかった。
「えと……、」
「ごめんなさい」
ロカは下を向く。どのような顔でオハラを見ればいいのか分からなかった。
「いいのよ、ロカちゃん。無理しなくて大丈夫」
オハラはロカを少しだけ覗き込むように膝を屈める。だが、そう言うオハラ自身もこれは初めてのことで、どのように対処すればよいのか分からなかった。
「とりあえず、また次のときに練習しましょ。今回は、」
「あの、」
オハラの声を遮ったロカはセイラー服のスカートを握る。金の髪の隙間から覗くロカの青い目には、諦めの色が満ちていた。
「きっと、私、ずっと、治癒術式はできません」
「どうして?」
「……私、してはいけないことをしたから」
ロカは唇を噛んだ。
「罰なのです」
オハラはロカの告白に二の句が告げなかった。
彼女に一体何があったのか。
以前、アレスローヴェンにいたことはソフィアンネから話があった。そこで、ソラリコにはなれなかったこと、何かしらの特殊な環境にいたことも聞いている。
それでも。
自分よりも年下の子がこんな思いを持たなければならなくなった原因は一体何なのか。
遠くでソラリコたちの練習の声が聞こえる。
肩を落としたロカは小さく見えた。
ロカ、しょんぼり。




