交差点
ロカは座った姿勢のまま、太腿に肘を突いて両手に顎を乗せる。想いを馳せるのは、ソラリコやヤタのことばかり。
迷っていた。
いや、この国にソラリコとして来た以上、ヤタを踊ることは当然だろう。それに、アルタとラズメリアと一緒に踊りたい。ロカを案じ送り出してくれた大巫女も、ロカがずっとなりたかったソラリコになり、好きなヤタを自由に踊ることを願ってくれている。
それでも、迷っていた。
ロカの今までの行いは、迷いを生み出すのに十分な内容だった。
そう、ロカは思っていた。
ぼんやりと夜空を眺めていると、機嫌が直ったのか、いつの間にか飛び回ることを止めたクゥムーがロカの傍に寄ってきていた。心ここにあらずのロカを心配したのだろうか、じっと彼女を覗き込んでいたようだ。
ロカはクゥムーへと微笑むと、その夜空と同じ色のもっちりとした質感の顎を優しく撫でる。
「……私ね、ソラリコになれて嬉しい。まだ一日目だけど、ここに来て良かったと思うの」
微かにロカの目が薄くなる。
「でもね、私、本当にこれからソラリコとしてやっていけるのかって、やっていっていいのかって、ずっと考えているの。踊りたい、心がわくわくすることを皆と一緒にしてみたい。でも、そう思う度に、もう一人の私が言うの」
クゥムーの顎を撫でていた手が止まる。
「あなたにその資格があるのか、って」
彼女の、膝を抱えていたもう片方の手に力がこもる。
「今更、ソラニルへの奉納の舞を踊れるのかって。あの場所に置いてきたたくさんの人たちのことはどう考えているんだって。自分だけ逃げて……そう、私は逃げてき、」
「ムキュウ!」
流されていくロカを引き留めるように、クゥムーが言葉を割って彼女へと飛び付いた。甲殻が当たるからと、普段は一定の距離以上は近付かないクゥムーだったが、今はお構いなしに彼女の肩口へと顎を乗せ、彼女の頬へと擦り寄り、短い手で彼女の腕に触れ、長い尾を背中へと巻き付けている。
「い、いたたた……痛いよ、クゥムー」
頬にごつごつした殻が当たる。ブルーブラックの肌とオフホワイトの甲殻のコントラストがすぐ傍で息づく。
太陽の匂いがすると、ロカは思った。
「ごめんね、クゥムー。……ありがとう」
ロカはそっと、クゥムーの甲殻に手を添える。
クゥムーは心配してくれていたのだ。ずっと、ずっと。
心が揺らいでいる友の今後の行方を、アレスローヴェンのテリトリーを離れて見知らぬ土地で生きることを承知の上で追いかけて手助けに来てくれたのだ。
「最初、クゥムーがこの島まで来たときはどうしようかと思ったの。ここは不慣れな土地で、どういう人がいるのかも分からなかったし。けれど、クゥムー、あなたがいてくれて本当に良かった」
巻き付いているクゥムーの尾が、少し緩む。ロカの肩から離れ、彼女の瞳の奥底を覗き込むように見つめている。
クゥムーに心配をかけたくない。でも、思うように心が動いてくれない。
「まだまだ考えはまとまらなくて、想うこともたくさんあって、迷って、迷って、自分自身とも決着が付けられていないけれど、でも、あなたがいてくれるから、きっと大丈夫」
ロカの視界に、雨の景色が映り込む。
肺が痺れるような空気と、戦慄する臭いと、夜より暗い闇。
「大丈夫、」
脳に刻むように言う。
歯が鳴りそうになる感覚を、唇を噛んで抑え込む。
クゥムーをぎゅっと抱き締めた。
「あのときみたいにはならないわ」
両極端な考えに引っ張り合いされることはままあることです。




