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ソラリコ  作者: 春鳩るい
31/105

大樹の島

 部屋を出たロカは、廊下を奥まで見通す。木の香る板作りの廊下に人影はなく静かだ。

 ロカがすぐ傍の突き当たりの窓を開けて外を見ると、そこはエメラルドグリーンの屋根の途中に突き出た場所のようだった。躊躇なく、ロカは身軽に窓枠を飛び越える。


 斜面を滑らないように歩き、屋根を上へと登る。頂上のほんの少しの平らな場所に立ち、空の匂いを嗅ぐ。空は黒に近い濃紺で、静かだった。冷え始めた空気を風が運び、ロカの金の髪を微かに揺らす。

 彼女は目を閉じた。


 落ち着く。

 微かに睫毛を震わせるロカの口元は弧を描いた。

 こんなに落ち着いた夜は、いつぶりだろうか。今まで、静かな夜など数えるほどもなかった気がする。

 こうやって耳鳴りがするような静けさの夜空の中に立つと、逆に肌がざわつきドキドキする感覚に陥るものなのだと、改めて知った。


「クゥムー」


 空気の揺ぎを感じ、ロカは目を開けた。音もなく目の前までクゥムーがやってきていた。ロカがクゥムーの顎を撫でると、嬉しそうに目を細める。そのまま彼女はそこに座った。


「寝る場所が見つかったのよね、どこなの?」

「ム」


 クゥムーは北を見た。遠くに、島の端に並ぶ篝火がゆらゆらとその身を焦がしている。


「ムム」

「え、もっと向こう?」


 ロカは篝火から目を離し、さらに北、島の外に視線を移す。一見、そこには何も見当たらない。背筋を伸ばしてじっと見つめるロカの瞳の奥底に、光の粒子が流れた。夜に紛れて見えづらいが、空の中に空間がねじれたような所がある。

 涙型のこの島の先端から少し離れた所に、小さな島の形がゆらりと浮かび上がった。色とりどりの花が咲き、艶やかな葉を揺らす木が繁り、中央には一際目立つ大樹がどっしりと構えている。

 島には何匹ものソラニルがいることだろう。その姿形を正確に捉えることは難しいが、土の中から、木々の間から、花の奥から、命のざわめきが感じられた。


「あれは……この島の主の住処かしら」


 クゥムーは大樹の島をじっと見ている。


「じゃあ、クゥムーはこの島の主に会って、そこに泊めてもらうことになったのね。良かったじゃない」


 クゥムーは無言だ。


「今度、私もこの島の主に会わせてもらおうかしら。クゥムーがお世話になるんだもの、挨拶がしたいわ」


 クゥムーは無言だ。


「……クゥムー、聞いてる? 私、島の主に会いた、」

「ムーム!」

「え? 必要ないって、どうして?」

「ムームム」

「どういうこと? ねぇ、理由を言ってくれないと分からないわ」


 何故かクゥムーは機嫌を悪くしたようで、それ以上は何も話さず、ロカの周囲を不規則に飛び回るだけだった。


「もうっ、おかしな子」


 ロカは、ヤケクソ気味に飛んでいるように見えるクゥムーを目で追う。何となく頬を膨らませているように見えるのは気のせいだろうか。


「まあ、いいわ。クゥムーの寝ている場所にも遊びに行こうと思っているし、いずれ会えるわ」

「ムムムー」

「え? 会わなくていいって、どうして? あそこは島の主が住む島でしょ?」


 再びクゥムーは黙って、夜空の中を駆け回っている。一体、クゥムーと島の主との間に何があったのだろうか。どことなく喧嘩でもしたような風に感じるが、それでも、大樹の島をねぐらに決めているのが不思議に思う。


 ロカはもうそれ以上何も言わず、肩を竦めるばかりだった。

ロカは夜目が利きますが、高い屋根の上で目を閉じるのはさすがにいかがなものかと思われます、めっ。

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