ギャップ
着替えて戻ってきたロカはアルタとラズメリアから拍手を贈られ、顔にまた熱が上がるのを感じながら席に着いた。
彼女の机には本がたくさん積まれている。一般教養から始まり、コハントルタの歴史、ソラリコについて、ヤタの型など、様々な教本が並ぶ。
教本があるといっても、全員が席に座って受ける講義というものはほとんどない。ヤタに関しては全員が集まって練習することがあるが、その他の勉強は基本個々それぞれの配分でやることになっている。自由時間が多いのはそのためだった。ソラリコとして、そして未来の自分にとって、必要だと思うことを各自考えて勤めなさいという方針である。ここは学校ではないのだから。
楽しみといえば本しかなかった環境で育ってきたロカにとって、ここでも本が読めることは嬉しかった。
たくさんの本の背表紙をなぞっていくロカの目に、治癒術式の名前が映る。ふっと、彼女の目が細くなった。
「ねぇねぇ、ロカはもう空を歩けるんだよね?」
「……え? あ、うん」
「さ、最初から歩けるなんて、その、すごいのね」
ロカは首を傾げる。
「でも、皆、幼いときに空の歩き方を習うでしょ? ソラリコの素質があるかどうかを見極める試験もあるし」
「み、み、皆?」
「えー、初めて聞いたー。ぼくたちは、ソラリコになりたいって国に申し出た人だけに適性試験があって、適性がありそうだったらソラリコとして空の歩き方を練習していくんだよ」
ロカは合点がいった。ディンセントにも言われたが、何故、ソラリコにならなければ空を歩けないのだろうという謎が解けたのだ。
彼女の島では人の生活自体がソラリコに重きを置かれたものになっているが、この島は、もしかしたら他の島でも、ソラリコは割と一般的な扱いなのかもしれない。例えば、郵配配達士のような。
……その方がいい。
思いを噛み砕くように、ロカはゆっくりと瞬きをした。
「ロカって、どこから来たの? 少なくとも、コハントルタじゃないよね?」
「えと、ずっとずっと北の島。アレスローヴェンって所」
「ア、アレスローヴェン!」
「おお、びっくりした。何、ラズ、知ってるの?」
ラズメリアの眼鏡が少しずれる。
「アルタちゃん、ア、アレスローヴェンっていったら、ソラリコのそそ総本山の島よっ」
「ソウホンザン?」
「そ、そう。ソラリコの中で、い、一番偉い人がいて、ソラリコについての取り決めとかを決定するきき機関がある所よ」
「へー、要するに、ぼくたちの親分がいるって島だね」
「おやぶっ……そ、そそ、そうね」
アルタは自分の髪の毛を一束持ち、三つ編みして遊びながら言葉を続ける。
「ロカは、その、アレスローヴェン? で、ソラリコにならなかったんだね」
その問いに一瞬ドキリと心臓を鳴らしたロカは、苦笑混じりで答える。
「う、うん。あそこでは、私、ソラリコになれなかったから。コハントルタに来たのは、知り合いに紹介してもらったからなの」
「そうなのかー。何だろう、ソラリコになる基準みたいなのが島によって色々違うのかな。コハントルタは、何て言うか、軽くソラリコ不足な感じだから、やりたいって人がいて適性があったらすぐになれそうなんだよね」
三つ編みを止めてパラパラと散らしたアルタは、大きく伸びをする。
「んーっ、さて、これからどうしよっか」
「は、はいっ」
「はい、ラズメリアくん」
少し慌てたような表情で挙手したラズメリアをアルタが名指しする。
「あ、あの、ロカはき、きっとまだヤタのことをしっかりと知らないと思うから、こここれから練習に行きましょ」
「おっ、そうだね、それがいいな。ぼくらもパダガトのヤタを練習しないとだし。ロカ、いい?」
「うん」
憧れのソラリコと一緒に舞うんだ。
ロカのわくわくが再開する。
相変わらず背徳感はつきまとうが、高鳴る気持ちは抑えきれなかった。
育ってきた環境が違うから。




