ソラリコたち
ロカを引き連れたソラリコたちは、城の三階の東側に向かう。ロカの赤いトランクの所在は分かったので、それは後で取りにいくことにしたようだ。
「ソフィアンネ様から話は伺っているよ」
背の高いセシルはロカを見下げるような形になるが、威圧的な部分は全くなく、ただ引き締まった気配の中に微笑みを浮かべていた。品のいい王子様という形容が似合っている。
「君が以前、どうやって過ごしてきたかはここでは関係ない、良くも悪くもね。ここでは君は新人のソラリコ、ただそれだけだ。これから、ソラリコとして共に頑張ろう」
「ふふ、セシルったら固いわね」
ロカを挟んで右側にいるオハラが苦笑する。はずみで揺れる毛先からは花の香りがした。
「気負わなくていいのよ、ロカちゃん。一緒に楽しく過ごしていきましょうね」
「はいっ」
二人の先輩が自分のことを気にかけてくれているんだと考えるだけで、ロカは頬に熱が上がる気がした。
城の三階東側。南北に伸びる廊下を挟んで西側に控え室兼教室、衣装部屋、室内練習場があり、東側は広大なバルコニーになっている。
廊下の窓から見えるバルコニーにはアイボリー色の石が敷き詰められており、間隔を空けて花が飾られている同色の手すりの曲線がその空間をよりクラッシックな雰囲気に仕上げている。
バルコニーには三十人ほどだろうか、セシルやオハラと同じ白いセイラー服を着た者たちが整列していた。
「わあっ」
ロカは感嘆の吐息をこぼす。
優雅に舞う指先。隅まで意識を巡らせた背筋。空を切る足。
流れるように右へ左へと身を寄せ、皆が同じタイミングで同じ振る舞いをしている。
ヤタと呼ばれる踊りの稽古の最中だった。
ロカの鼓動が加速する。
記憶が蘇る。
遠くから見ているだけだったソラリコたちの厳しくも楽しげな輪。命をもかけるほどの情熱で空を舞う者たち。人生を通して他者を助け、人とソラニルとの共生を祈る者たち。
これから自分もその一員になる。
ずっと願っていた。でも、もう無理だと諦めかけていた。
それが、今、こうやって叶い始めている。
どれだけこのときを夢見ていたか。
最初、大巫女から話を聞いたときは全く実感が湧かなかった。あの島を出たときもそうだ。船に揺られながら眠っていたときも。コハントルタの地に足を着け、風の匂いを嗅いで、やっと心が踊り始めるのを感じた。
そして、今。
ロカは胸を押さえる。
心音の高鳴りに合わせて、ワクワクした気持ちが跳ね踊っているみたいだ。
「いらっしゃい。ようこそ、ソラリコへ」
バルコニーの左側のドアをセシルが、右側をオハラが開ける。
柔らかな風が吹き通り、ロカの髪が舞う。二人に促されて、アイボリー色の石の上へと足を踏み出した。
風に乗るクゥムーは、解放感からかロカの周囲を飛び回っている。
ロカに気付いたソラリコたちはヤタを中断し、バルコニーに新しく登場した人物へと振り返る。
「はーい、皆さん、ちょっといいかしらー?」
オハラが軽く手を叩く。ソラリコたちの囁き声は瞬時に潜んだが、この新入りへの好奇心は笑顔を生み、瞳を輝かせる。ソラニルを連れていることに驚いているが怖がるような感じではなく、ただ興味津々な瞳でクゥムーを眺めていた。さすがソラリコだわと、ほっとしたロカは静かに息を吐く。
ソラリコ全員の注目を浴びるロカは、微笑みの裏に緊張を隠していた。
「今日から新しくソラリコになった子を紹介します」
セシルは微笑むと、ロカの背中を優しく押した。
「はい。あの、ロカと言います。これから、よろしくお願いします」
ロカは踵を合わせて光の粒子を放つ。風の流れに乗った輝きがソラリコたちの間を縫い、辺りは歓声と共に拍手と挨拶と微笑みであふれた。スカートの裾を風に揺らすソラリコたちからの穏やかな歓迎に、ロカは頬を染めた。
彼女はそっと思う。
……独りで立ち向かっていたあの頃とは違うと、思い始めてもいいのかな。
ロカからぽろぽろと過去の欠片がこぼれ落ちていきます。
そして頭の片隅を過ぎるのは、ソラリコたちからはいい香りがしそうですねぇという底の浅い妄想。




