送る言葉
突如、一羽の鳥が高速でハイエフの元へと舞い込んでくる。
「わっ、えっ、ナイチかっ?」
思いがけない訪問者に、ディンセントは思わず目を奪われた。
真っ青な羽を羽ばたかせるその細い左足首に、コハントルタ国の紋章が刻まれた金色に輝く筒を装着している。
このソラニルの飛行時の最高速度は音の壁を貫くか否かとまでいわれるほど速く、空の間をつなぐ超高速の通信手段として幅広く使われている。
「きれいな子」
ロカはハイエフに並び飛ぶナイチという名の鳥に向けて手を差し出す。
「おいで」
ナイチは少女の手に反応したが、並走したまま近寄らなかった。
「そいつは騎士団のソラニルだ。知らないやつには近付かねぇよ」
ロカはナイチをじっと見つめる。ディンセントがハイエフの姿勢を崩さないようにしながらナイチへと手を伸ばしかけたとき、ロカがゆっくりと微笑んだ。
「おいで」
ゆったりとした優しい口調のその声色は、ディンセントにはどこか微かにエコーがかかったように聞こえ、思わず手を止める。真っ青な羽毛をなびかせるナイチは彼女の手を港として認め、到着した。
そうだったと、ディンセントは眉間に皺を刻む。彼女の口がどういう構造になっているのか、どういう術を持っているのか検討が付かないが、確かにこの少女は小さなヨロイクジラと友のように話が通じるのだ。きっと鳥とだって言葉が交わせるのだろう、常識が揺らぐようで信じ難いことだが。
ナイチは、ロカの手のひらで微かに震えているようだった。それは止まった手の持ち主を恐れているというわけではなく、おそらく、今、この空間を否応なく制圧しているヨロイクジラの王の威圧のせいだろう。
恐れに打ち勝ちやってきた小さな騎士を労るように、ロカはその頭を撫でた。
「いい子ね、よく頑張ったね」
「ロカ、そいつの足に筒が付いているだろ。それを横に引っ張れ」
ロカは言われるがまま、ナイチの細い足を包むように付けられている筒を引っ張る。薄い板が引き出しのようにスライドして出てきた筒の中から黄色い光が流れ出して矩形を象ると、その上に文字が浮かび上がった。
「えと……コハントルタの東、」
「読まなくていい。引き出しを時計回りに少し回転させろ」
「え?」
首を傾げながら言われたとおりにすると、テキストが読み上げられ始めた。引き出しを回転させていくと音の聞こえる周囲が広がっていく仕組みだった。
「コハントルタの東、距離二十キロ付近を飛行中の商船より、航行経路を逸脱してコハントルタの方向へと飛行している大型客船を見かけたとの連絡が入った。大型客船は飛行を継続しているものの連絡が取れない。ディー、もしかしてお前、そこに向かったのか? だとしたら、状況を教えてくれ」
声の主はフェクサーだった。彼はソラニルを使役する伝令士として騎士団に従事している。
「あっちにも別方面から連絡が入ったか」
は、と短く息を吐いて、少しほっとしている自分に気付く。
「ロカ、引き出しを裏返せ。引っ張るなよ、閉じてしまうからな」
九〇度ほど回転させていた引き出しをさらに回転させる。黄色の矩形が掻き消えた次の瞬間に、青白い光の矩形が表れる。裏返った引き出しは再生から録音機能へとチェンジし、その回転する角度によって集音する範囲を指定していた。
「こちら、大型客船に接近中。商船からの連絡どおり、大型客船は島へ向けて飛行を継続している。このまま接近し調査を、」
「私が船を止めます。牽引船を用意し、こちらに来てください」
「なっ、おい、ロカっ!」
ディンセントの言葉を切り落としたロカは引き出しを引っ張り、その際にカチンと手応えがあったので指を離すと光の矩形は消え、回転しながら引き出しが筒の中へと戻っていった。
「馬鹿野郎! お前、いい加減にしろ!!」
何もかも勝手に進められていく事態に苛立ちを露にしたディンセントは、急に背中をぎゅっと掴まれた感覚に導かれて背後を睨む。
「ごめんなさい」
そう告げたロカの瞳は真剣な色が浮かんだままその意識共々天を仰ぐ。彼女は、天を埋めるほどの巨大な王と、一般的な人間が分かりえないような関係で繋がっている気配がして、ディンセントの首筋がぞわりと痺れた。
ロカは手の甲でナイチの背を撫でる。
「ナイチ。この空を飛ぶのは少し恐いかもしれないけれど、あなたの主にこの声を届けてくれる?」
天から戻ったロカは目を閉じ、ナイチの小さな額と自分の額をそっと合わせた。一呼吸後、その手を空へと振り上げる。
ナイチはふわりと空へ身を任せると、体勢を整えて光矢の如く飛び去っていった。
鳥はかわいい。




