遭遇
三六〇度、青。
騎士団で長距離島外飛行を訓練していたことはあるが、厚い雲に突っ込むと方向感覚が狂いそうになる。雲の水滴で髪が湿気を含む。
「いた」
大きな雲から飛び出したディンセントは、重くなった前髪の隙間からロカとソラニルの姿を確認する。彼女たちは迷うことも怯むこともなく駆けていた。
だが、それよりもディンセントが目を奪われたのは、彼女たちの進む方角に見えている巨大な船の存在だった。
「なっ、何だよ、あれ……?」
ディンセントはぞっとする。
船は彼の方をめがけて飛行していた。それはつまり、船の進行方向が島へ、城へ向いているということだ。
コハントルタへ来航する船は、全て島の南の港に到着する。国賓級ともなれば話は別だが、普通はこの船のように島の横っ腹を目指して真っ直ぐに航行するなどありえない。
巨大な船は、軍艦の類いではなく豪華な客船といった感じだった。積極的な攻撃の臭いはないので、船の故障や事故の可能性が大きい。
……とにかく、船を止めなければ。
考え事に飲まれるディンセントは客船に気を取られていたが、ふいに視界の中に何かキラキラしたものが映っていることに気付く。それは小さな光の乱反射のような、空中を漂う輝きの粒子のような、普段はほとんど見かけないものだった。
その軌跡を目で撫でる。そして、ああ、そうかと気付いた。
風に乗って空に拡散していく光の粒は、目の前を駆けるソラリコからこぼれているのだと。虫に例えるのも何だが、舞う蝶の鱗粉のような、そんな感じだ。
実際に温もりがあるというわけではないが、黄金色のその光が自分の周辺で踊るだけで暖かい印象を受ける。
「……」
ディンセントは無言でアクセルを踏む。ただ者ではないと十二分に知らされたあの少女の元へと。
ロカが空に足を着く瞬間、空を足で蹴る瞬間に、彼女の足元に生まれては消える波紋から暖色の光が細かい飛沫のように飛び散る。足首に絡まる光の翼も、羽ばたいてるかのように揺らめく。ソラリコのかけらの中を、ハイエフの黒い鋼で飛び抜けていく。
ロカは後方から迫るディンセントに気付いている様子だった。彼が距離を詰めると後ろを振り返り、走りながら話しかける。
「ディンセントも来たのね」
「一体どうした?」
「分からない」
「は?」
「でも、船を止めなきゃ」
「いや、止めるったって、」
「だって、あの方が来てしまう」
そう告げたロカの表情によぎった焦りの色に、ディンセントはネガティブな気配を嗅ぎ取り、思わず喉が絞まる。
「ねぇ、私を乗せていって、船の前で降ろしてくれないかしら?」
「はっ?」
ディンセントはロカと船を交互に見返す。
「向かってくる船の前に立つって? 馬鹿野郎か!」
「大丈夫、私に考えがあるから」
ディンセントの緊張を解すためか、ロカははにかんで拳を握った。
「考え? 考えって何だ、」
「もうっ、説明する時間がないから、お願い!」
「あ、おいっ!」
光の粒子が勢いよく弾け、ロカは強引にハイエフの後ろに飛び乗った。ディンセントが背負っている銃に手が触れた彼女は、そのひやりとした冷たさに驚く。ハイエフは崩した体勢を整えると、この不躾なソラリコを乗せて仕方なく船へと近付いていく。そのすぐ傍で、ハイエフの速度に合わせたクゥムーが並走し始める。
「危ないだろうが!」
「ごめんなさい。でも、ねぇ、船までもう少しだから!」
そうやって船を差すロカの指先が、流れる空気を切り裂く。
ディンセントの舌打ちが響くまで、残り三秒。
走行中のバイクに飛び乗るのは危険な行為なのでおやめください。




