追跡と接近
城の門から抜け出したロカは、迷いのない足取りで走る。
視線の先に大きな篝火の台座があった。その台座は城を守るように、城の東側から西側まで岸辺に沿って等間隔に七台鎮座している。
その内の一番東側の一台に向かってひた走るロカは台座の階段を一段飛ばしで駆け上がり、明々と燃える火を囲む縁の上をひらりと通り、島の端、台座の終わりで立ち止まった。
「……あれね? 思っていた以上に大きい」
遠くに分厚い雲が群れている東の空の向こう側を見つめながらクゥムーに話しかけるロカの足元は台座の縁から少しはみ出しており、嫌が応にも不安定さが滲む。
「……そうね、あれはいけない。あの大きさは……あの方が来てしまう」
風にさらわれてしまうほどに小さく呟く。
島の端に立ち、青の中に身を置き、真っ直ぐに遥か遠くを見つめる彼女とその傍に付き添うソラニルの姿は、この世界とはどこか存在する空間がずれているような感覚に陥らせる。
炎が強い風に揺られてその身を捻らせた。
「こらっ! そんな所で何をしている!?」
台座の下から兵士が怒鳴った。当たり前のことだった。神聖な台座の上、しかも縁の端という危険な場所に立っている人間を見れば、城の兵士ならばなおさら警告に入るだろう。兵士は急いで階段を上がる。
「早く、こちらに来なさい!!」
少女の足先が台座から突き出ていることに気付いて焦る。
ふっと、彼女がこちらへと振り向いた。兵士は声を失う。
こちらを見る少女は無表情で、その視線は鋭さと何かしらの畏怖をも感じるほどだった。そして、彼女の肩にはあろうことかソラニルが身を寄せている。
風が強く吹いた。
形容しがたい畏れに心を揺さぶられた兵士は、言葉を噛み砕いたまま一歩後退した。それを見た少女は、一瞬目を細めて悲しげな表情になる。
「……ごめんなさい」
囁きは風に乗って兵士の耳の奥へと流れ込む。
次の瞬間、少女は空へと足を踏み出した。
「あっ、」
二の句が告げず、身動きさえも封じられた兵士はこれからの少女の未来に絶望感を覚えたが、それはすぐに不必要なものだったと知る。彼女の体は落下することなく足元で空気の波紋を作り出し、迷いなく空を走っていく姿は紛れもなくソラリコの証。
ただ、何もない島の外へ向かって飛び出して一体どうするのか。
どうすることもできない兵士は、ただ呆然と少女とソラニルを見送っていた。
一人と一匹の姿が豆粒ほどになるまでぼんやりしていた兵士の耳に、ハイエフのエンジン音が響いてくる。ハイエフに跨がったディンセントは篝火の台座へ横付けし、空の彼方を見ている兵士に向かって問いかけた。
「こちらに、ソラニルを連れた少女が来なかったか?」
「え? あ……えと、その少女なら、あっちに向かって走っていた」
どこか自失した様子の兵士が指差したのは島外の空。指を目でなぞり、途方もない空を見つめてディンセントは溜め息を吐く。青の中に何かがいそうな気もするが、裸眼では確実な判断ができない。
「……あの馬鹿野郎は、空の中に向かったのか」
島の外は当然ながら、地になるものが何もない。
飛行船を除き、ソラリコやエアロハイカーによる島外の飛行や島と島の横断は禁止となっている。
そう。
ロカという名の大馬鹿者は島外の飛行禁止に違反しただけではなく、ハイエフが許可なく遠距離島外飛行をしてはならないという法度をこれからディンセントに破らせようとしているのだ。
王女の客人とはいえ、法度を破ってまで面倒を見ることが正しいのかどうか。
……ただ。
初めてロカに会ったときの不確定な存在感や、その不安な感覚を麻痺させてしまうほどの人懐っこい笑顔と天然だといえる性格。そして、どこか在らぬものを見ながら空へ飛び出して行ったあの瞳の強さ。
放置を決め込むには、いささか彩度が高過ぎた。
「ホント、最悪な日だ」
同意したハイエフが鼻で笑うようにエンジンを鳴らす。
ディンセントは少し罰当たりな感じに台座を蹴って炎から距離を取ると、スロットルを開けて弾けるように空へ飛び出した。
ロカ、走ります。
遥か下に海しかない状況での空中マラソンはそれだけで足がガクプルですが、よく考えてみるとそれよりもロカの持久力の高さにそっと慄く私。




