来る
コハントルタ国王立騎士団は城の北東、北西、南東、南西の四隅に詰所を置き、町の中にも幾つか駐屯所がある。
その中の北東の詰所への案内役を任されたディンセントは頭をバリバリと掻きながら、城の外周の庭の花々を楽しみながら歩いている隣のロカをちらりと盗み見た。
まさか、不信人物が公人の客だったとは。
公衆の面前で捕縛して連行しなくて本当に良かったと、過去の選択の正解に安堵の息を吐いた。
「どうしたの?」
溜め息を聞いたからか、ロカはディンセントを覗き込みながら首を傾げる。さらさらと綺麗な音が空耳で聞こえるほど、光を反射する髪が肩から滑り落ちた。
「……」
流れた毛先の揺れを見ながら、苦い表情のディンセントは口を開く。
「……お前、副団長の客人なら最初からそう言えよ」
「え?」
きょとんとするロカは、人差し指で顎を下から支えながら天を見た。
「うーん、でも、私、大巫女様からは、コハントルタに懇意にしている人がいるからいってらっしゃいということ以外、特に何も言われなかったし」
「は? それだけの情報だけでこの城を目指して来たってことなのか? 本当に何も聞いてないのか?」
「うーん……大巫女様に聞いたこと……あっ」
ロカはもう一度空を仰いだが、その顔にぱっと光が指す。顎の指をディンセントに向け、にっこりと笑った。
「行けよ、行けば分かるさ、って!」
「……」
ディンセントは若干目元をひくつかせ、引いた顔でロカを見る。大巫女様と呼ばれるからにはさぞかし威厳のある者なのだろうと想像していたものとは斜め上をいく人物像に困惑していた。
そんなグタグダな状況の中、突然、ロカの隣でふわふわと浮いていたクゥムーが彼女の肩を少しだけ押した。
「ムーム!」
「え、クゥムー、何……、」
立ち止まったロカの瞳に、すぐに鋭い光が宿る。それは東の空を射抜いた。
ディンセントは、急なロカの瞳の強さに制されて動けなかった。
微動だにしないロカは、身体中の感覚を島の沖の遠い空に向けて集中していた。ただ、彼女の髪とワンピースの裾だけが、未来からのざわめきを体現している。巻き交う風の隙間を縫い、大気の折り重なる層の狭間をすり抜けるロカの目は、鋭角に煌めいた。
「……何か、来る」
「え」
低音のロカの声を引き金に、ディンセントは彼女の視線の先へと向き直るが、いくら空を眺めてもそこには青の世界しか見つからない。
「……? 何も見当たら、」
ロカは地を蹴った。クゥムーもほぼ同時に飛び出す。
「えっ、ちょっ、おい! 待てよ!」
完全に出遅れたディンセントは、状況が飲み込めず足が動かない。
「……ちっ」
舌打ちをして、駆け去っていく者たちを睨む。
今日はわけの分からないことに振り回されっぱなしで、何て最悪な日なのだろう。だからと言って、それを放り出して終了にできない現状の立ち位置にも苛立ちが募る。
「くそっ」
髪を掻き上げ、ディンセントは走り出す。ハンガーに止めたハイエフに思いを馳せた。
調査から帰還したレイブリックとフェクサーが城の裏門を通りかかったところ、少し遠くで走っているディンセントの姿を発見して声を投げた。
「おーい、ディー! どうしたー?」
ぎろりと横目で見たディンセントは二人の姿に気付くと、途端に進路方向を変えて彼らの方へ走ってくる。その目の色が明らかに不機嫌で、しかも無言のままどんどん近付いてくる同僚に、二人は思わず後ずさった。
「なっ、何だよっ」
微かに怯えが見えるフェクサーの手前で急ブレーキをかけたディンセントは、深く長い溜め息を吐くと、どこか死んだ魚のような目で口を開く。
「……すまんが、北東の詰所に行って、そこにいるであろう兵士かソラリコに、ちょっとただならん事態になったのでロカを連れていくのが遅れますと伝えておいてくれないか」
「……は?」
「頼んだぞ」
それだけ言葉にすると、思いっ切り眉間に皺を寄せてまた深く長い溜め息を吐き、勢いよく走り出した。
「あ、ちょっ……おいっ!?」
解読不能なディンセントの行動に、呆気に取られて置いてけぼりの二人は呼び止めることもできないまま立ち尽くすしかなかった。
ロカが偉い人の客人だと分かっても口が悪いですねディンセントさん。




