城での出会い
凛とした真っ直ぐな瞳と笑みを崩さないソフィアンネに向かって、ロカは驚いた表情のまま問いかけた。
「大巫女様を知っているの?」
「ああ」
ロカの隣で、クゥムーが首を傾げて騎士を見つめている。
「ロカ、グランディネールから何か渡されていないか?」
「え」
ロカの視界に、裾の長い礼装のドレスを身に纏った背の高く美しい女性の姿が流れる。微かに青の混じる白いヴェールの向こう側の巫女の顔は柔らかく微笑み、その手の中の首飾りを、そっとロカの首へとかけてくれた。
ロカは今も身に付けているその首飾りを服の首元から引き出す。
「これかしら?」
それは、指輪の形をしていた。
ソフィアンネの瞳と同じエメラルド色の石が一周、地の金に埋まるような形で装飾されていた。
「それだ」
陽を反射した指輪の光がソフィアンネの瞳を輝かせる。
「私がグランディネールの所にいたときに、友好の証として身に付けていた物を贈ったのだ」
「あなた、大巫女様の所にい、」
「おい、ロカっ!! 馬鹿野郎、何でそんな所にいるんだよ! 俺がハイエフを駐めにいく間すらも大人しくできないのかっ」
青い空に響いた突然の怒号は、クゥムーをロカのスカートの陰に隠れさせ、ロカの肩をびくりと震えさせる。ロカが見下ろすと、腕組みをして仁王立ちスタイルの明らかに怒っている気配がぷんぷん臭うディンセントと目が合った。彼が少し離れた場所に突っ立っているのは、上空にいる彼女への配慮だろうか。
「ごめんなさい。クゥムーが風の玉を見つけてはしゃいじゃったから止めようとしたんだけど、いつの間にか私も……」
「一緒に遊んでたってわけか」
風の玉とは何なのか、ディンセントは全く分からなかったが、それよりも今大事なことは、城でロカたちが自由気ままに遊んでいたという事実。言うことを聞かない謎の訪問者たちに、ディンセントは苛立ちを募らせる。
階下から投げられる苦い言葉の根元に向かってソフィアンネは窓から少し身を乗り出し、頭を抱えた不憫な軽騎士の姿を見下げた。
「ディンセントか」
「ふ、副団長!」
まさか騎士団の上位の顔を見ると思ってもいなかったディンセントは、慌てて右手をこめかみに当て敬礼する。
「お前、ロカを知っているのか……ああ、そうか。お前がロカをここに連れてきたのだな?」
「はい! 警ら中に、港のクレーンが倒壊する事故に遭遇し、現場にこの少女がいたので連れてきました」
「現場に? そうか、港にロカの迎えをやっていたのだが、出会えなかったのはそういうわけか」
ソフィアンネが腕組みをする仕草に、ディンセントはぎくりとする。
「す、すみません、余計なことをしてしまったようです」
「いや、構わん。無事に連れてきてくれて何よりだ」
そう言って、彼女は髪を払いながら挑戦的に笑う。鋭さがありながらも麗しいその姿に、ディンセントは暫し見惚れていた。
「あー、ディーか」
「ノ、ノックス軽騎士長!」
頬に紅差す対象の斜め上に突然所属する部隊の長の顔が現れ、ディンセントは思わず一歩下がりながら敬礼した。
ノックスはディンセントから目の前を浮遊する者たちへと視線を移動させる。怒られたからか少ししょんぼりしている少女はただディンセントを見下ろしていた。ヨロイクジラは周囲の人間を見渡している。その身にがっしりとした甲殻をまとい、長い尾はしなやかに揺らいでいる。
「……」
騎士団を率いる副団長とはいえ一国の姫のすぐ傍に見知らぬ少女とソラニルがいるこの状況はかなり危険だ。そうやって警戒している軽騎士長の考えは手に取るように分かるらしく、その姿を見て若干苦笑するソフィアンネは彼を宥めながら肩を竦めてロカに声をかけた。
「うむ、まさかソラニルを伴ってくるとは思っていなかったがな」
「ごめんなさい。この子、勝手についてきちゃって」
「ムー……」
クゥムーのしょんぼりした声色に、ソフィアンネはまた苦笑した。
「ふっ。分かった分かった。さすがに城内でのソラニルの移動を自由にしてやることはできないが、騎士団にもソラニルが従事しているから、そちらの詰所で詳しい話をしよう。追い返したりしないから安心しろ」
「ムムムー!」
クゥムーはその場でくるりと前転し、尾を振って惜しみなく喜びを体現する。ソフィアンネの口の端が微かに上がった。
「副団長……」
細身で背が高いノックスは文字通り苦虫を噛み潰した顔で、微かに屈みながらソフィアンネに近寄る。
「何だ」
「どういうことなのか、教えてください。あの少女とか、あのソラニルとか、この状況とか」
「ああ。知り合いから頼まれ、あの少女の身元を引き受けることになった」
「え、副団長が、ですか?」
「うむ。急だったが、まぁ、色々事情があってな」
「……はぁ」
この副団長が突拍子もないことを行うのは周知の事実であるし、偉い人たちには話が通っているだろうから今更大騒動になるわけでもないが、彼女の身の安全のためにせめて隊長クラスの者には先に教えておいてほしいと肩を落とす軽騎士長だった。
ノックスはその淡い栗色の髪を掻きながら、影などないくらいに薄くなっていた兵士に問いかける。
「そういえば、俺に何か用があったんだよな?」
「あ、はぁ。あの、そこの少女とソラニルについて、軽騎士……ちょうど窓の下にいるあの軽騎士が話をしたいとのことでした」
「あー、そう」
ノックスはロカと何か話しているソフィアンネを見る。どうやら、自分の出る幕はなさそうだ。ノックスが頷きながら軽く手を挙げると兵士も理解したらしく、敬礼してさっさと持ち場に帰っていった。
「ディンセント、ロカたちを北東の詰所へ連れていってくれ。所用が終わり次第、私もそちらへ向かう」
「はっ」
副団長自らこの件を引き受けるらしい。
ノックスは軽く肩を竦め、彼女との所用をさっさと片付けないといけないなと考えを切り替えていた。
先ほどまでの怒りはどこにいったのか、すっかり従順になって敬礼するディンセントを不思議そうな瞳で見つめているクゥムーの頭を優しく撫でながら、ロカはクゥムーのことを理解してくれる人がこの国にもいるのだと心の中でそっと安堵の溜め息を吐いた。
ノックスはマイペースな兄貴肌系
で、お送りします。




