謁見
少し狭めだが重厚感のある部屋に主たちは通された。
主はソファに座り、その後ろにロカとディンセントが立って控える形になる。
しばらくして、コハントルタ王が姿を現した。
威風堂々とした姿はさすがだが、前髪が一筋こぼれているのを見ると急いでやってきたことが窺える。
「遅れて申し訳ない、主殿」
「ううん、こちらこそ急にごめんねー」
足を組んで笑んでいる主へと声をかけるコハントルタ王は、隙のない優雅な仕草でソファに座る。
「では、早速、件の話についてですが」
「うん。ついさっきのことさ、ヨミがコハントルタ上空に現れたのは。と言っても、まだ活性化はしてないみたいだけど」
「活性化と?」
「そう、活性化したヨミっていうのは、まるで傷付けられて開いた空間から滴る血のように何か黒いドロドロしたものがあふれ出てくるんだけど、今のところ、その現象は見られない」
「では、活性化するとウルシュトラツカのような事態になると……」
「恐らく、ね」
「何ということだ」
コハントルタ王は目を閉じて軽く頭を振った。こぼれている前髪の一房が不安定に揺れる。
「今はうちのソラニルがヨミに張り付いて島に被害が出ないように警戒してるけど、これからはそちらの騎士団とうちが連携して対処していきたいなって考えてるんだ。もちろん、うちだけでも警戒はできるけどさ、その、明るくなった空にソラニルが何匹もいるのを急に島の人間が見たら、びっくりしちゃうでしょ? だったら、夜間はうちが、昼間は騎士団が警戒するっていう分担の方がいいかなって」
「こちらとしても連携はありがたい。しかし、よいのですかな?」
「ん?」
「主殿は人間が苦手だと」
「へっ?」
勢いよく背筋を伸ばした主の瞳は、まん丸に見開かれている。
「何それ……?」
「え? 王家では、主殿は人間が苦手なのでほとんどお会いできないと言い伝えられておるのですが」
主の取り巻く空気がピシリと固まったのが、背後のディンセントにも手に取るように感じた。
「……あンの堅物王め、オレのせいにして……」
「え?」
「あ、いやいや、こちらの話さ。ぇえっとねー、オレ、人間が苦手ってわけじゃないよ。むしろ、その……好きっていうか、交流したいっていうか」
「ああ、そうだったのですか。連絡は年に一度の形式的なものだけでしたので、てっきり伝聞の通りなのだと」
「あ、それは……ごにょ、こっちから気軽に連絡しない方がいいかなきっと嫌われてるんだよなしつこかったら余計に嫌われるよな的なごにょごにょ」
「?」
語尾になるにつれて何かぶつぶつ呟くようになった主に軽く首を傾げながらも、王は目尻に皺を作った。
「とにかく、このことは望ましい限りです。我々も、これから良き隣人として交流していきたいものです」
「本当!? あっ、いや、ええと……コホン、そ、そうか、感謝する」
すぐに取り繕ったものの、主は嬉しそうだ。背後でロカは小さく微笑み、ディンセントは思わず半目で遠くを見た。
「では、日中は我ら騎士団が、夜は主殿にお任せするということで。何かあれば日中でもお力をお貸しいただきたい」
「うんうん」
「ただ、我々はヨミに関する知識が乏しくて。もちろん、アレスローヴェンにおる息子に連絡は取るつもりであるが」
「ああ、それについては、このカマラドが詳しいと思うよ」
主は振り返ってロカを指差す。ロカは軽く膝を曲げて礼を取ると、踵と踵をぶつけて鳴らした。一瞬、青白い光の粒子が舞い、コハントルタ王やその背後に並ぶ護衛騎士たちから小さなどよめきが起こる。日の入り後にソラリコの力が使える者を初めて見たからだ。
「お初にお目にかかります。アレスローヴェンより参りまして、ソフィアンネ様のご配慮によりこちらでソラリコとして働いております、ロカと申します。アレスローヴェンではカマラドとして従事しており、ヨミの対処について経験がございます」
するすると丁寧な言葉が出てくるロカに、ディンセントは驚いて軽く口を開けた。
コハントルタ王は頷く。
「そなたがロカか。ソフィアンネより話は聞いておる。ヨミの知識があるのは頼もしい限りだ。だが、娘はそなたをカマラドとしてではなくソラリコとして迎えると言っていたが」
「はい、事情がありまして、今はソラリコとして仕えております。ですが、ヨミが出現した以上、そのことに構っているときではございません。カマラドの力を使い、ヨミの知識も余すことなくお伝えいたします」
「ふむ、そうか」
コハントルタ王は深くは聞かなかった。
ロカは息を吸う。
「初めに、ヨミの特徴をお伝えいたします。ヨミは黒いスライム状のもので生き物かは分かりませんが、意思を持っているかのように襲いかかってきます。ヨミは物量で攻めてきますが、銃や剣で散らせば消滅します。しかし、けして素手で触れないでください。焼けただれたような傷を負います。ソラリコが治癒できますが、重篤な場合は命に関わりますので」
淡々と説明するロカの言葉に、護衛騎士たちの表情がさらに引き締まる。
「そして、ヨミよりも厄介なものがいます。それは、ヨミゴエと呼ばれる、ヨミが巨大化した生き物です」
ふいに、ロカは悲しげな表情を見せた。
「ヨミゴエは中にソラニルを飲み込んでおり、それを動力源として動いています。そのソラニルをヨミから切り離してしまえば、ヨミゴエは消滅します。ソラニルを切り離すのは大変ではあるのですが……」
そこまで言って、ロカは少し俯く。
本当のところを言えば、対処法はヨミとソラニルを切り離す以外にもあった。ソラニルと切り離されるとヨミゴエは動力源を失い消滅する。同時に、ソラニルも亡くなってしまうが、それまではまだ生きている。要するに、動力源のソラニルをヨミゴエごと退治してしまえばいいのだ。
ロカにとって、それは避けたかった。ヨミと切り離そうとどうしようと、ヨミゴエとなったソラニルは命を落とすことには変わりない。しかし、ソラニルを攻撃して命を奪ってヨミゴエを消滅する方法は取りたくなかった。
だが、言わないわけにはいかなかった。
圧倒的な力を持つヨミゴエ。その攻撃をかわしながらヨミとソラニルを切り離す方法が難しいことを、ロカは経験上知っているからだ。
「……切り離す以外に、ヨミの中のソラニルの命を奪ってヨミゴエを消滅させる方法もあります。とにかく、ヨミゴエの動力源をなくしてしまえばよいのです」
「ふむ、なるほど」
「ヨミゴエは可能な限り私が対処いたしますので、そのときは自己判断での行動をお許しいただけますか?」
「ふむ。簡易的にでも事前に騎士団と主殿に相談して了承が取れておれば構わぬ」
「ありがとうございます。それでは、まずはヨミの警戒にあたりつつアレスローヴェンへ連絡をお取りいただき、今後のことや周辺各国への対応などをご確認くださいませ」
「分かった」
コハントルタ王は頷く。ヨミという得体の知れないものから国を守ろうとする熱意を、その瞳の奥で静かに強く燃やしていた。
「あとさ、この軽騎士もオレたちのことを他の人間よりは分かってるみたいだから、カマラドと一緒にオレたちとの連絡係にしてほしいな」
「えっ!?」
まさか話をふられると思っていなかったディンセントは、思わず大声を出す。
「ふむ、そなたは?」
「はっ……はい! コ、コハントルタ王立騎士団軽騎士隊所属のディンセントですっ!」
コハントルタ王の頷きを見ながら、ガチガチな様子で敬礼したディンセントは頭がくらくらしていた。振り返って彼を見ている主が面白そうにニヤニヤしていることなど、眼中になかった。
堅物王からとばっちりを受けてた主殿。




