カマラドの末路
コハントルタ王と主はまだ話があるらしく、ロカとディンセントは先に部屋から退出した。二人には追って連絡があるとのことで、それまで城で待機するように命じられた。
ハイエフを停めている石造りの部屋へ戻る道すがら、ディンセントはロカに目をやる。コハントルタ王への振る舞いができ過ぎており、普段のロカからは想像も付かなかったからだ。
「なぁ」
「何?」
「お前、あんな言葉遣いができたんだな」
「え? ああ、アレスローヴェンにいた頃に教えてもらったの。あそこでは身分の高い人と会うこともあったし」
「そうなのか」
それは、ロカ自身の地位も高かったということだろうか。思いがけず距離を感じてしまったディンセントだったが、さも気にしていないと示すように両手を後頭部で組んだ。
「ヨミは、私やアレスローヴェンにとって最重要事項だからね。たまに、上の人たちと接する機会があったのよ」
「ふーん」
最重要事項、ね。
ディンセントはほんの少しだけ前を歩くロカの横顔を眺める。
……じゃあ。
「だったら、何でお前はコハントルタに来たんだ」
「え?」
ぎくりとロカの肩が動いた。
ああ、これはロカにとって都合の悪い話題らしい。
分かりやすい奴だと軽く鼻から息を吐いたディンセントだったが、彼女の心情に気付かないふりをして話を続ける。
「えと、私はソラリコになりたかったから……、」
「お前はアレスローヴェンでカマラドだったんだろ? しかも、最重要事項といわれるヨミに関わっていた。そんな人物をアレスローヴェンが安々と外に出すか?」
ぽつぽつと明かりが灯る薄暗い廊下でロカは立ち止まり、続けてディンセントも歩みを止めた。
「えっと……」
「何か重大な使命でもあって、ここに来たんじゃないのか?」
「いえ、その……」
「ああ、簡単には口に出せないことだろうな……それに、俺は今までお前がカマラドであることさえも知らなかった。お前の雰囲気が他の奴とどこか違っているように感じてはいたが、何者なのか深く知ろうとせず、いつもいつも、変わった奴だな、くらいで考えることを止めていた」
「……」
「でも、もうそれじゃ駄目なんだよ。それじゃ、ソラニルのことを知ろうとしなかった頃の俺と何も変わらない。それに……、」
『力のない者は出しゃばらない方がいい』
主の島でシルクハットの男性に言われた言葉が内から突き出てきて、ディンセントは胸を押さえた。
失礼で苛つく。だが、嘘ではない。自分でもそう感じているから、こんなにも苛つくのか。
今まで真面目に働いてきたつもりだ。
しかし、違う世界を知った今では、現状の自分の力では足りないことは明白だった。
知識も力も必要だと思った。
このまま事が過ぎるのを、ただ目を閉じてなかったことにするなど無理だった。
ディンセントは胸に置いた手を握る。
「……それに、これからお前と一緒にヨミと対峙していく上でも、お前のことを知っておくべきだと思ったんだ」
「……」
「無理強いはしないが……でも、話せる範囲でいいから、お前のこと、俺に話してくれないか」
ロカはディンセントを見つめる。真剣な眼差しと真一文字に引かれた唇が、彼の心の内をあらわしてしていた。いつもの怒りっぽいディンセントではなく、面倒臭がりなディンセントでもなく、ただ真っ直ぐな思いを伝える青年がそこにはいた。
ロカは俯く。
「重大な使命だなんて……買い被り過ぎよ」
ディンセントと向かい合うロカの口元が少し歪んだ。それはどこか嘲笑の気配さえ漂う。
「私は、ディンセントが思っているような素晴らしい任務でここに来たわけじゃないわ。ここに来たのは偶然……私の罪から始まったこと」
「罪……?」
「……私は、アレスローヴェンを追い出されたの」
思いがけぬ言葉を聞き、ディンセントは返答に窮する。
ロカは眉をひそめ、その憂いた目には己へと刺さる何人もの厳しい眼差しが映っていた。
***
「空間転移術式を行ったというのは真ですか」
冷たい声が響く。
それは、仄暗く青い部屋の色彩のせいではない。
ロカは部屋の中央に立っていた。円卓を囲む幾人もの顔がロカを向いていたが、その表情には影が落ち、どれ一つとして温容には見えない。
高さのある天井に、再度冷たい声が響く。
「答えなさい。空間転移術式を行ったのですか」
尋問は容赦のないにおいがして、ロカは微かに俯きながら口を開いた。
「……はい」
ざらりと空気が擦れる。円卓の者たちは口々に何か言っているが、ロカは聞く気になれなかった。
ロカは、ヨミゴエとの戦いで空間転移術式を行い、ヨミゴエを転移させた。彼女の力が底をつきかけていたのと、最後に対峙したヨミゴエの持つ圧倒的な力に、戦局が危ぶまれたからだ。アレスローヴェンにヨミゴエが突撃して島自体が重大な損害を被る、それだけは絶対に避けなければならなかった。それに足して、監視部隊の壊滅も食い止めたかった。
「空間転移術式を行ったとの報告は本当だったのですね」
「……」
「転移したヨミゴエはどこに行ったのでしょうか」
「……恐らく、あちらの世界へ戻ったのだと思います」
「恐らく?」
「はい……私が空間転移術式を学んだ本には、そう書いてありました」
「なるほど」
円卓に座る、青白い礼装のドレスをまとった女性が溜め息を吐きながらそう言った。ヴェールを下ろした彼女の表情は窺い知れないが、声色だけで予想することは容易い。
「空間転移術式は禁忌」
しん、とその場が凍る。
「もちろん、そのことは理解していたのでしょう?」
「……。……はい」
「禁を犯す術式がどれほどのものであるのか、分かっていて行ったのですね。ならば、懲罰を科すのも仕方ありません」
「お待ちください!」
円卓に座る一人が、この凍結した空間に切り目を入れた。
主立ってロカを咎める者より少し装飾を抑えた礼装をした女性は、ヴェールを揺らしながら立ち上がり抗議する。
「彼女の行動はアレスローヴェンを、ひいては他国への被害を食い止めるためのものです。そして、実際に被害は最小限に留まりました。その功績を無にし、罰するのはいかがなものでしょうか」
「そうだとは言え、禁を犯すことは許されるものではありません。確かに、ヨミゴエからの被害は食い止めたかもしれません。しかし同時に、未曾有の大被害を引き起こしたかもしれないのです。ヨミゴエの転移先が、人の住む島だったらどうするつもりです? それに、アレスローヴェンにはまだ戦力は十分にありました。彼女が切り札というわけではなかったのです」
「ですがっ、監視部隊は殲滅の憂き目に遭っております。彼女の行動は隊員のことも顧慮して、」
「あのような事態も含め、彼らはそれが任務なのです。よいですか、我々は禁忌を受け入れるわけにはいかないのです」
「……っ」
「罰と言っても、牢に入れるわけではありません。彼女は禁を犯しました、しかし、彼女のこれまでの貢献まで無にすることはありません。彼女……カマラドのロカを、アレスローヴェンから追放します」
追放。
ロカは、その言葉を反芻するようにゆっくりと瞬きをする。
結局、先の戦いでの彼女の行動は過剰と判断されたのだ。
「グランディネール、あなたは彼女と親しい間柄だそうですね。ならば、彼女の今後をあなたに一任します。彼女の先を案じているのならば、あなたが見つけてあげるとよいでしょう」
「しかし、彼女の力はアレスローヴェンに必要なものではありませんか!?」
「戦力が必要とは言え、禁忌を犯した者を登用し続けるわけにはいきません。カマラド無き後の戦力については、他国からの一層の協力を求めています。彼らもそれぞれ自国への危機感が増せば協力を惜しまないでしょう」
それは、カマラドがいなくなればヨミゴエの脅威は増し、アレスローヴェンが陥落すれば他国に被害が及ぶのだから戦力を出せと、半ば脅しのようなものだ。
グランディネールと呼ばれた青白い礼装のドレスを着た女性は拳を握り締めた。
「カマラドのロカ、あなたのアレスローヴェンからの追放は覆りません。では、グランディネール、くれぐれもグランの名に恥じるようなことはないように」
判決が下り、終わりの気配がする。
グランディネールとロカを残し、人々は部屋から去っていった。
この後、グランディネールはソフィアンネにロカの身元の引き受けを頼み、ロカはコハントルタにやってくることとなります。




